中国の「核の恫喝」に備え日本がすべきこと、ウクライナ危機で揺らぐ核抑止2020年の「対独戦勝記念日」のパレードに登場したロシアの核ミサイル Photo:Mikhail Svetlov/gettyimages

ロシアの「核の恫喝」を交えたウクライナ軍事侵攻は、核の使用や拡散を防いできた核抑止の枠組みを大きく揺るがせた。中国の海洋進出や北朝鮮のミサイル発射実験が続く日本の安全保障にとっても、ウクライナ危機は対岸の火事では済まされない。自国の安全保障のために核を持つ動きは拡がらないのか。冷戦期のような軍拡競争に陥らないのか。特集『混迷ウクライナ』の#27では、世界の核政策の今後と日本の課題を秋山信将・一橋大学教授に聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部特任編集委員 西井泰之)

ウクライナが軍事侵略を受けたのは
旧ソ連時代の核を放棄したからか

――ロシアの軍事侵攻は核を巡る状況の危うさを浮き彫りにしました。ウクライナのクレバ外相は、ブダペスト覚書で旧ソ連時代の核兵器の放棄をしていなければ、ロシアに軍事侵略されなかったという趣旨の発言をしました。今後、核の保有のハードルが下がることになりませんか。

 クレバ外相は、実はその発言の前に、「今それを言っても仕方がない」という趣旨の答えを返しています。つまりロシアの侵略の原因は、ウクライナの核放棄が本質ではないと理解していたわけです。ただし、ロシアの強硬な侵攻やクレバ発言が、核兵器を持っていたら侵略されなかったという議論を引き起こした点で、国際社会にインパクトを与えたことは確かです。

 ウクライナは旧ソ連から独立の際に、非核化にコミットし、1992年のリスボン議定書で非核兵器国としてNPT(核拡散防止条約)に加盟することを約束しました。その2年後に結ばれたブダペスト覚書は、リスボン議定書を履行するための条件を決めたものです。

 覚書によってウクライナは、非核化と引き換えに欧米からの財政支援と、ロシア、米国からの安全の保証を得たわけです。しかし覚書は法的な文書ではなく、政治的な約束なので拘束力は弱い。

 一方で、当時のウクライナには事実上この選択肢しかありませんでした。また、核兵器を保有していても使い物にはならなかったでしょう。

 旧ソ連の解体時、ウクライナには約200基の大陸間弾道ミサイル(ICBM)と1500発の核弾頭、それに3000発の戦術核があったとされています。しかし、戦略核の行動許可の伝達システムはモスクワが直接管理していて、ウクライナ自身は核兵器を起動できる状況にはありませんでした。

 しかも核弾頭の多くは安全装置が切れており、誤爆のリスクがあって、ウクライナ軍では技術も資金もなく管理しきれない状態だったといわれます。

 また戦術核について、92年にロシア軍がウクライナと協議せずに独自にロシアに引き揚げました。これでは、ウクライナが核を保有していたとはいえません。

 クレバ発言はウクライナが侵略を受けた国としての立場を正当化する上では有効なレトリックですが、核放棄が侵略を許した理由にするのは無理があるのではないでしょうか。