いま、「左利き」に注目が集まっている。これだけ多様性が叫ばれる時代において、“利き手の不便”は当たり前として受け入れられていて、おそらく当事者もそれほど気にしていない。
しかし、右利きへの「矯正」という言葉は本当に正しいのか? そもそも、なぜ利き手を変えようとするのだろう? 不便な状況が起こる理由は?
「左利きと右利きでは使っている脳が違い、それは10人に1人のすごいアイデンティティ」と話す左利きの脳内科医・加藤俊徳先生に、「世の中における左利き」について聞いた。(構成:吉田瑞希)
多様性の時代といいつつ、
スルーされがちな左利き
──『1万人の脳を見た名医が教えるすごい左利き』の読者さんのなかには、「左利きはこんなに不便だ」と熱い思いを持っている方も多いですね。マイノリティだけど、実はこれまでスルーされがちだったのでしょうか?
加藤俊徳先生(以下、加藤):物理的に「左利き環境」が圧倒的に少ないですよね。9割の右利きに対して社会インフラが動いているので、左利きはマイノリティにもなれていない、いないものとして考えられているのが実情ではないでしょうか。
少なくとも僕の体験として、昭和の時代は「右利きに合わせるのが当然」という風潮が当たり前にありました。現代も「多様性の時代」と言いながら、「左利きの権利」は昔と何も変わっていないのではないかと思います。
商業的には、SDGsと関連して左利きグッズなどが注目されていますが、それはあくまで細い話で、左利きのインフラを積極的にしようよ、とは政府も言っていないし、文科省が管轄している教育インフラもそのようには全くなっていない。
たとえば、潜在的な左利きは約1200万人のリアルな左利きの倍いると考えていますが、約2割の人が左利きに関係しているにもかかわらず、いまだに学校の教室の窓はほとんどが左手側にあるわけです。
──私も左利きですが、たしかに学校では字を書くときにいつも影になっていました……!
加藤:そうなんです。左利き、右利きを社会インフラとしてもう一度考えることによって、社会はさらに発展できると僕は考えています。
右利きへの「矯正」って
そもそも言葉として正しいの?
──やはり、社会がそうなっていることで左から右へ「矯正」という言葉が使われたり、それに悩む多くの親御さんが加藤先生のクリニックにご相談にいらっしゃるのでしょうか?
加藤:たくさんいらっしゃいますね。僕が連載している新潟日報のコラムには、親御さんだけではなく祖父母の方からもご相談のお便りが届きます。
僕の息子の一人は左利きですが、いわゆる「矯正」をせず、左利きのまま育てていますし、妹の息子も左利きです。彼らは左利きコンプレックスがそれほど強くはありません。ただ、日常を見ているとあらゆる場面で「肘がぶつかるからこっちに座ろう」とかちょっとの工夫をしていると思うんです。そういった左利きの配慮は右利きの人は気がつかないところですよね。
──ラーメン屋さんのカウンター席で真ん中しか空いていないと、軽く絶望します……。
加藤:ですが僕は、そういったちょっとずつの思考が、左利きのより才能あふれる脳に育てていると考えているんですよ。
左利きが過ごしやすい環境になったら、
社会はどうなる?
──日常的に工夫するための脳を使っているんですね。左利きがもっと過ごしやすい環境になったら、どういう社会になると思われますか?
加藤:脳科学的に左利きはアイデアマンが多いのですが、さまざまな不測の事態がおこったとき、左利きの視点を右利きも持つことによって、創造的な未来、地球になるとイメージしています。
たとえば、独裁者がもたらす戦争などはたった1人の脳の仕組みが社会に大きく影響している。そして、新型コロナウイルスでわかったことは、1つのウイルスが世界を繋いでいる。いまは、1つのことが社会に影響を与えやすくなっている状況だと思います。
そうしたことからも、左利きの持つ能力が社会をもっと良くしていく、もっと良い未来がつくれると考えています。アイデアに富んだ社会はとても豊かですよね。
「10人1人」はアイデンティティになる
──そうですね。左利きは、10人に1人というアイデンティティに気づいて、自信を持って生きていけるとより良いですね。
加藤:はい。左利きの人はコンプレックスがあったとしても、『1万人の脳を見た名医が教えるすごい左利き』を読んで乗り越えていただきたいです。そして、僕以上の考えが浮かんだら、ぜひ教えてほしいなと思います。
(本記事は2022年3月13日におこなわれた丸善ジュンク堂書店オンラインイベントより、特別に一部を公開しています)
左利きの脳内科医、医学博士。加藤プラチナクリニック院長。株式会社脳の学校代表。昭和大学客員教授。発達脳科学・MRI脳画像診断の専門家。脳番地トレーニングの提唱者
14歳のときに「脳を鍛える方法」を求めて医学部への進学を決意。1991年、現在、世界700ヵ所以上の施設で使われる脳活動計測fNIRS(エフニルス)法を発見。1995年から2001年まで米ミネソタ大学放射線科でアルツハイマー病やMRI脳画像の研究に従事。ADHD(注意欠陥多動性障害)、コミュニケーション障害など発達障害と関係する「海馬回旋遅滞症」を発見。帰国後は、独自開発した加藤式MRI脳画像診断法を用いて、子どもから超高齢者まで1万人以上を診断、治療を行う。「脳番地」「脳習慣」「脳貯金」など多数の造語を生み出す。InterFM 897「脳活性ラジオ Dr.加藤 脳の学校」のパーソナリティーを務め、著書には、『脳の強化書』(あさ出版)、『部屋も頭もスッキリする!片づけ脳』(自由国民社)、『脳とココロのしくみ入門』(朝日新聞出版)、『ADHDコンプレックスのための“脳番地トレーニング”』(大和出版)、『大人の発達障害』(白秋社)など多数。
・加藤プラチナクリニック公式サイト https://www.nobanchi.com
・脳の学校公式サイト https://www.nonogakko.com