10人に1人という左利き。自身も左利きで、『1万人の脳を見た名医が教えるすごい左利き』著者の加藤俊徳医師によると、左利きには「ひらめき」や「独創性」など、右利きにない様々な才能があるそうです。実際、左利きとして知られる有名人の中には、他にはない天才性を見せている人も多くいます。
そこで、加藤先生が各界で活躍する「すごい左利き」の才能を深掘りする新企画【すごい左利きファイル】をスタート。第三回に登場するのは、書道家として有名な武田双雲さんです。
全2回でお届けするこのインタビュー。左利きかつADHDでもあるという武田双雲さんがどのようにしてその才能を開花させたのか、先生との対談から明らかになっています。(構成:山本奈緒子)
左利きで大変なのは
“ハサミが切れない”くらい?
加藤俊徳医師(以下、加藤):双雲先生は、左利きで苦労したことにはどんなことがありますか?
武田双雲(以下、武田):ハサミが切れないことぐらいですかね。テープカットをしないといけないときに本当に切れなくて、隣に立っている市長さんとかに切ってもらったりしていました。こんなに器用に右手で字を書いているのに、ハサミとなると右利き用のものではいくらやっても切れない。それがコンプレックスかなあ。でも今の社会って、それぐらいで他にあります? たしかに自動改札は右側に設置されているのでちょっと不便ですけど、あとはパソコンも関係ないし、スマホも関係ないし……。
加藤:気づいていないけど意外とたくさんあるんですよ。たとえば学校の窓って全て教室の左側にあるでしょう? だから左利きの人は、いつも書くとき字が手の影になって見えにくい。
武田:言われてみれば! でも僕が聞いたのは、野球だと左バッターのほうが、バッターボックスとファーストの距離が短くなるから有利だって。それで右バッターなのにわざわざ左バッターに変える人もいました。ただ左利きだとポジションは限られてきますけどね。ファーストとライトとピッチャーしかない。でもそれぐらいで、サッカーもハンドボールも関係ない。むしろ左利きのほうが、相手が慣れていないので有利に働きそうですよね。
加藤:キッチンは右側にガスコンロがあるし、お玉の注ぎ口も右利き用になっているし……。
武田:あっ、たしかにファミレスのお玉。いつもスープが注げなくて苦労していました。それが一番共感できるかもしれません(笑)。
オランダの左利き率は20%?
武田:左利きの人というのは、世界で見たらどれくらいいるんですか?
加藤:日本だと約1割いると言われていますけど、世界全体で見たらもっと多いと思いますね。オランダは20%近くいると言われています。何の矯正もせずに放っておいたら、日本も2割ぐらいいるんじゃないでしょうか。
武田:石器時代とかは、2割ぐらいいたかも(笑)
加藤:人類がここまでの文明を築いたのは、そういうふうに右利きも左利きもいて、両方の視点から物事を見ていろいろな気づきを得てきたからじゃないかと思います。だから本来は双雲先生みたいに、右手も左手も自然な流れで使うというのが脳的には正しいんですけど、人間というのは社会統制というか、グルーピングをしたがるもの。そうなると、やはり10%とか20%だけいる左利きは邪魔ですよね。
武田:遺伝情報の中に左利きというのはあるんですか?
加藤:あるのはあるんですけど、特定されていないというか、ハッキリはしていません。遺伝性がなくても左利きになることはありますから。
武田:僕は左利きでかつADHDでもありますが、この2つを合わせ持つ人となるとどれくらいいるんでしょうね。
加藤:ADHDは、ハッキリ目立つ人となると4~6%ぐらいですけど、実際はもっと多いと思います。子どもだと10%ぐらいいますし。おそらく左利きと同じぐらいの割合なのではないかと思っています。
武田:社会的環境要因を抜かせば、どちらももっと多いんでしょうね。とくに左利きの場合、日本は親が右利きに変えさせることが多いですし。
加藤:儒教では右手を良しとする教えがあるみたいですけど、右利きの割合は日本はかなり多い方だと言われています。
日本の文字は右利き用につくられている
武田:お習字の世界も左利きを歓迎していませんね。
加藤:左手で字を書いてももちろん問題ないですが、日本の文字は右利きのほうが書きやすい作りになっていると思います。字の専門家として双雲先生は、字はどちらの手で書くのがいいと思われますか?
武田:それは左利きの子どもを持つ親御さんから、一番多く寄せられる質問です。「子どもが左利きなんですけど、字は右利きに変えたほうがいいですか?」と。そういうとき僕は、「両方の手で書けたらカッコいいですよね」と答えています。だけどもちろん無理に両手で書かなくても、左手で書きたい人はどんどん左手で書けばいいと思います。
加藤:でも書道は、左利きだと書きにくいポイントがたくさんありますよね。“はね”とか“はらい”とか。
武田:左利き用の書き方を開発すればいいんですけど。今教えられているのは右手での書き方ですから、それを左手でやろうとすると当然書きにくくなります。だから僕が左利き書道学会を作ったらいいんでしょうけど、そういうのは苦手なので(笑)。
加藤:そう言わず、是非作ってほしいと思います。
武田:実は昔、書道の世界にも左利きのための書道学会のようなものがあったみたいなんですよ。昭和の前半かな。古書店に行ったときにその学会の人が書いた本を見つけたんですけど、左利きのための書道を追求していてめちゃくちゃ盛り上がっていたんです。でも今はなくなっていて。もしかしたら右利きの人たちに潰されたのかもしれません。書道は古典からのルールがあって……、それこそ王義之などもみんな右手で書いているわけですから、それを左手で書くなんてタブーなんですよね。だからなのか、今はその学会は探しても見当たらないです。
加藤:それは左利きの人間にとっては衝撃的な話ですね。実際に、左利きの人が書きやすい書道の書き方というのはあるんですか?
武田:全てゼロから作る感じにはなりますね。たとえば今のままだと“右ばらい”は手を引くという動きになりますが、左利きなら引くのではなく押していく動きになる。そうすると、体の位置や肩の開きも変わるんですよ。そうやって、左利きが書きやすい書き方をすればいいだけなんです。今はそういった左利き用の書き方を教えるものがないですから、自分の感覚に合わせて書いていったほうが早いと思いますが。
左手と右手で「書くときの気持ち」が違う
加藤:最近は書道も左手で書く子が増えているんですか?
武田:そうですね、右に変えようという親が少なくなっている印象はあります。書道という文化も衰退しているので、それほどの同調圧力もなくなっているのでしょう。そうやって一回廃れることで、皆が好きなように書くようになったらいいと僕は思うんですよね。
加藤:先生が左手だけで書いた作品を出してくれたらいいのかも。
武田:それ、面白いかもしれませんね。右手と左手の作品集を両方出したら、全然違っていそう。
加藤:双雲先生は僕と同じで、もとはほぼ完全な左利き。でも書く作業だけ右利きに変えているじゃないですか。右手で書くことに違和感はないですか? 僕などは、書くことはできるけどいつも不完全燃焼といいますか、「僕の字はこの字じゃない」という感覚があるんです。そんなふうに、右手で書くときと左手で書くときとで気持ちが違ったりしませんか?
武田:分かります。僕は両方の手で書くことはできますけど、右手の字と左手の字は違う。右手の字のほうが大人っぽくて、左手の字のほうが子どもっぽいです。
加藤:やはりそうなんですね。左手で書いたものだけの作品集を出したら面白そうですね。
武田:僕は“書”以外にアート作品も描いているのですが、書道家のときとアーティストのときとでも気持ちは違います。書道家のときは、分かりやすく「静」。スーッとゾーンに入っていって、周りの人もピリッとするような感じ。僕自身はピリッとしていないんですよ。ただゾーンに入っているだけなんですけど、周りが汗をかくくらいエネルギーが出ているんです。
加藤:アート作品を描くときは「動」なんですか?
武田:先日も現代アートの個展を開催したんですけど、アート作品制作は、取り壊し予定のアパートを借りてそこでビチャビチャとやっているんです。カンバスの上にコーヒーをこぼしたり、カンバスを破ったり。それがなぜかウケたんですよね。で、そのときは右手も左手も関係なく、そこらへんにあるものをバンバン、カンバスに投げつけたりしているんですけど、そういうことをしているときってどちらかというと子どもっぽいんですよね。子どもが水をビチャビチャまき散らしたり、食べ物をベチャベチャ擦りつけたりするじゃないですか。ああいう感覚で、すごく気持ちがいいんです。
でもあんまりやり過ぎると、エネルギーを使うので疲れるんですけどね。だから今、書とアートを両方やっているのでちょうどいいんです。書は疲れないので。今、自分の中のこの「静」と「動」を上手く統合でき始めた感じなんです。