「静かで控えめ」は賢者の戦略──。そう説くのは、台湾出身、超内向型でありながら超外向型社会アメリカで成功を収めたジル・チャンだ。同氏による世界的ベストセラー『「静かな人」の戦略書──騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』(ジル・チャン著、神崎朗子訳)は、聞く力、気配り、謙虚、冷静、観察眼など、内向的な人が持つ特有の能力の秘密を解き明かしている。騒がしい世の中で静かな人がその潜在能力を最大限に発揮する方法とは? 本稿では、本書より内容の一部を特別に公開する。
すぐ「閉じる」ボタンを押してしまう
性格診断のMBTI(マイヤーズ・ブリッグス・タイプ指標)を受けたところ、私の内向型指標の診断結果は96パーセントだった。根っからの内向型人間だったのだ!
私はエレベーターに乗ると、誰かがぎりぎりのタイミングで駆け込んでこないよう、すぐに「閉じる」ボタンを押してしまう。
皿洗いかゴミ出しのどちらかを選ぶとしたら、私は迷わず皿洗いを選ぶ。ゴミ出しに行ったら知らない人と出くわすかもしれないし、知っている人だったら、よけいに気まずいからだ。
以上は、私の内向性を示すふたつの例にすぎない。もし私の癖を片っ端から詳しく語ろうと思ったら、実際の経験をネタにするだけで『ワイルド・スピード』全シリーズよりも長い映画になるだろう。
実際、内向型人間の生活というのは『ワイルド・スピード』にそっくりだ。私たちは四六時中、さまざまな刺激に振り回されている。
内向型の人の内面は複雑に絡み合っている
私の弟は外向型で、よく私に小言を言う。
「ほかの住民たちと顔を合わせるのが面倒だって? ちょっとあいさつすればいいだけじゃん。それか、無視しちゃえば!」
外向型人間には考えも及ばないようだが、内向型人間の内面は複雑に絡み合っている。
外向型人間は、何層もの大気圏に守られた惑星のようなものだ。社会生活において絶えず降り注いでくる隕石から、自分が完全に守られていることなど、まったくもって理解できないか、気づいてもいない。
犯罪小説では、記者たちはある人物の調査に当たって、近所の人たちや、以前の担任の教師や、職場の同僚などを対象に聞き込みを行い、その人柄や風貌を探っていく。もし、私に関して聞きこみ調査が行われたら、きっと近所の人たちはこんなことを言うにちがいない。
「まったく人付き合いがないから、気難しい人なんでしょう。まともに話したこともないし、知りませんけど。『ハロー』さえ言わないんだから」
ついそんな妄想が頭に浮かんでくるが、こちらはただ、他人がどう思うかまで気にしている余裕がないだけなのだ。
「礼儀がなっていない」と思われる
内向型人間の生活は、ときに身の毛もよだつホラーショーの様相を呈する。一見すべて順調で、一日を台無しにする雨雲の気配など微み塵じんも感じられないようなときでも、頭のなかのスクリーンには暗黒の世界が押し寄せ、あちこちで稲妻が走り、雷鳴が轟いたりする。
学校生活でも、就活でも、人は多くの場面で外向的な振る舞いを求められる。
学校でも職場でも、つねに微笑みを絶やさず、当意即妙の受け答えができる人たちは、たちまち称賛の的になるいっぽうで、しゃべるのが苦手でシャイで打ち解けない人たちは、失礼だとか礼儀がなっていないとか、親からまともなしつけを受けていないんじゃないかとさえ思われてしまうのだ。
ほかの誰もと同じように、内向型だって職を得て働かねばならない。だが、私がこれまでに経験した仕事はほぼすべて、内向型人間にとっては地獄だった。
あるとき、フォーマルなディナーパーティーに出席した私は、ひどいプレッシャーのせいで、全身にじんましんが出てしまい、すぐさま病院に運ばれた。男性の医師が腫れを緩和する注射を打ちながら、これは驚いたな、と言った。これほどひどいじんましんは見たことがないというのだ。
またあるとき、まったく身に覚えのないことでいきなり叱責を受けた私は、反論すらできず、電話中に号泣してしまった。台北市の中心の繁華街、信義区の高級ショッピングモールの前で、ひとり立ち尽くしたまま。
無理に「元気いっぱい」になる必要はない
しかし、キャリアの浅かった当時の私は、まだ白旗を掲げようとはしなかった。私は誰からも好かれる、はつらつとした優秀な働き者になり切ろうとして、必死だったのだ。
みんなから「私、あの人と仲がいいんだ」と自慢されるような人になりたかった。いつでも気の利いたことを言える、スピーチの達人になりたかった。一緒にいて楽しい人だと思われたかった。
私はかっこつけるために──鎧よろいで身を守るために──それこそ多大な努力を払って、「活発」「ほがらか」「楽しい」「ポジティブ」「元気いっぱい」などなど、誰もが好感をもつ理想のイメージを片っ端から体現しようとした。
鎧はずしりと重くなるいっぽうだったが、護身のためだし、こうすればみんなに好かれる、期待に応えられると思っていたから、どんなにしんどくても、私は鎧を脱ごうとしなかった。(中略)
劣っているのではなく、違っているだけ
私が心底揺さぶられたのは、ようやく気づいたからだ──私はべつに、ほかの人たちより劣っているわけじゃない。ただ、ちがうだけなのだ、と。社会のメインストリームの価値観は、単一の基準になってしまいがちだ。美しさの基準や成功の基準というものが存在し、人の性格も、ひとつのタイプだけが「普通」とされる。
私たちは、みんなそのひとつの基準を満たそうとして努力しているうちに、自分が本当はどんな人間なのかを忘れてしまうのだ。
そう気づいて、すべてのことに合点がいったとき、私は退職を決意した──はたから見れば、人もうらやむような仕事だったけれど。
その後、私はNPO法人の業務に邁進した。情熱をもって取り組み、台湾のために重要で意義あることに貢献できる仕事だ。
これからはもう二度と、自分の内向的な性格を隠したりしないと決めた。本当の自分らしさを理解し、強みを見つけ、内向性を補えるようにしようと思ったのだ。
いまでも私は鎧をもっているが、以前よりずっと機能的で軽くて、よくフィットするし、本当に必要なときだけ身に着ければいい。世の中に向かって堂々と「私は内向型人間です!」と叫んだってかまわない。それでも、私の心は満ち足りて穏やかだ。
何より重要なのは、こうした変化によって、仕事にもよい影響が表れたことだ。私は自分の得意なことに気づいたし、転職後まもなく昇進することもできた。
まさか、この私が国際機関に就職して、何か国もの業務を任されるようになるとは、夢にも思っていなかった。(中略)
「プライバシー」を守りたがる
本書のストーリーの多くは、私自身の体験にもとづいている。プライバシーを守ることに多大な注意を払う、私のような内向型人間にとって、これほど率直に自分をさらけ出すのは、ものすごく勇気の要ることだった。
この本の表紙に自分の名前と写真が載ると知ったとき、私は恐れおののいた。いまでも、その気持ちは変わらない。
けれども、本書が内向型の人たちにとって、なんらかのお役に立つならば、あるいはさらに多くの人が、内向型の同僚や友人、家族や恋人などを理解する助けになれば、私としては、恥をかいた甲斐もあるというものだ。
(本原稿は、ジル・チャン著『「静かな人」の戦略書──騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』からの抜粋です)
ミネソタ大学大学院修士課程修了、ハーバード大学、清華大学でリーダーシップ・プログラム修了。ハーバード・シード・フォー・ソーシャル・イノベーション、フェロー。アメリカの非営利団体でフィランソロピー・アドバイザーを務める。過去2年間で行ったスピーチは200回以上に及ぶ。15年以上にわたり、アメリカ州政府やメジャーリーグなど、さまざまな業界で活躍してきた。2018年、ガールズ・イン・テック台湾40アンダー40受賞。本書『「静かな人」の戦略書』は台湾でベストセラー1位となり、20週にわたりトップ10にランクイン、米ベレットコーラー社が28年の歴史で初めて翻訳刊行する作品となり、第23回Foreword INDIES「ブック・オブ・ザ・イヤー」特別賞に選出されるなど話題となっている。現在は母国の台湾・台北市に拠点を置きながら、内向型のキャリア支援やリーダーシップ開発のため国際的に活躍している。Photo by Wang Kai-Yun