書籍『ファイナンス思考』の著者で、起業家と投資家の経験をもつ朝倉祐介さんが、ビジネスのトップ層から現場に至るまで多彩なゲストをお迎えするインタビューPodcast「朝倉祐介の経営トーク」。今回のゲストは、海外旅行予約アプリ『NEWT(ニュート)』を手掛ける令和トラベルの篠塚孝哉社長。篠塚社長とは10年来の友人であり、同社の投資する立場でもある朝倉さんが、旅行代理店業を最悪とも思える時期になぜ立ち上げたのか、コロナ禍以外に想定外の大変さはどのようなところにあったのか、シリアル・アントレプレナーのメリットとデメリットは何か、などざっくばらんに聞いていきました。その一部をご紹介します。

朝倉祐介さん(以下、朝倉) 旅行業を始めることが大変だというのはわかってらしたと思うけど、わかってなかった大変さもあったと思うんですが、それぞれ教えてください。

令和トラベル社長の篠塚孝哉さん×シニフィアン朝倉祐介さん対談「旅行業の起業で予想していた大変さと、予想していなかった大変さ。そして目下の急激な円安進行はどうなる?」篠塚孝哉(しのづか・たかや)
株式会社令和トラベル代表取締役社長
2011年株式会社Loco Partnersを創業、2013年に宿泊予約サービス「Relux」を開始。17年春にはKDDIグループにM&Aにて経営参画、最年少子会社社長(当時)として経営執行を担う。2020年3月にLoco Partnersの社長を退任。2021年4月、株式会社令和トラベルを創業。同年6月には、シードラウンドで22.5億円の大型資金調達を実施。「あたらしい旅行を、デザインする。」をミッションに海外旅行代理業を展開。2022年4月、海外旅行予約アプリ「NEWT(ニュート)」をリリース。

篠塚孝哉さん(以下、篠塚) 「分かってた大変さ」でいえば、コロナですよね。

本当は昨年起業した半年後にあたる夏頃には、海外旅行を予約できるアプリをローンチしたかったんです。楽観シナリオとして夏にはコロナ禍が収束すると思っていたのが、実際には夏なんて、全然海外に行ける状況にはならなかった。「秋に延期します」と発表した後にオミクロン株が現れて、秋といわず冬も絶望じゃないかという空気になって。

そのときはメンバー間にも「また延期か」という終わりのないトンネルを走っている感じはありましたよね。もし今年4月にリリースできなければ、国内にピボットするべきかという話も社内ではしていました。そうなってたら、結構しんどいシナリオでしたね。

ただコロナは織り込んではいたので、悲観シナリオの範囲で落ち着いたなとは思います。

想定外の大変さでいえば2つあって、1つはロシアのウクライナ侵攻ですよね。ヨーロッパ線は高くなったし(ロシアを迂回するため)遠回りしていて、行きづらくなってます。もう一つは円安とインフレです。これもある種ロシアの問題と紐づいているわけですけど、1ドル130円までいくなんて去年の今、全然思ってなかった。

燃料費も上がって、飛行機代が感覚的には1.5倍に上がってます。たとえばエコノミーでアメリカに10万円前後で行けたのが15万円ぐらいになっているし、ビジネスクラスは50万円前後だったのが80-90万円する。ヨーロッパ線は特に高くて、ラグジュアリー層でもウっとなるし、一般のグループ旅行や家族旅行も高くなっている。加えて、PCR検査が往復で必要だと、一人4万ぐらいかかる。これ家族全員のPCR代で伊豆や箱根の高級旅館に泊まれるんじゃない?! てなっちゃう。海外旅行が予算のかかるイベントになってしまったというのはありますね。

強烈な円安・株安

篠塚 あと細かくはいくつかありますけど。マーケット(株式市場)の崩壊が年末からあったじゃないですか。岸田ショックとか言われてますけど。去年4-5月は絶好調だったのに、名だたるスタートアップの株価があれよあれよと半減しちゃったり。そういうマーケットのアンコントローラブルな動きに振り回された感じはあります。

令和トラベル社長の篠塚孝哉さん×シニフィアン朝倉祐介さん対談「旅行業の起業で予想していた大変さと、予想していなかった大変さ。そして目下の急激な円安進行はどうなる?」朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を設立し現任。

朝倉 SAAS系のスタートアップは上場してるスタートアップをベンチマークにすると、ユーザベースみたいに伸びてる会社のPSRが2倍なのに、なんで未上場なら30倍というロジックになるのか、という議論にはなってしまいます。

篠塚 しかも今回、政府は選挙までは何もしないと言われてる。支持率も上がっていく状況ですし。

朝倉 円安かつ株価が下がってるということは、ドルベースで見たら日本株はえらいことになってるからね。日本で生きてる人たちの体感以上に。

篠塚 感覚的には70%オフぐらいじゃないですか(編集部注:対談は4月実施)。円安が20%ぐらい、さらに株価が半減してるんですからね。

朝倉 なかなかこれは罪深いですよね。

篠塚 この悲壮感は想定してなかったですね。コロナが終わったらお祭りだ~! という期待感があったじゃないですか。

想定外にポジティブだったのは意外にも?

朝倉 逆に、想定してなかったポジティブなことはありましたか? 意外とうまくいったなと。

篠塚 経営の話でいえば、「採用」ですかね。思っている以上に海外旅行への理解があったというか。僕が去年起業すると言ったときは、みんな「大丈夫?」という空気が8割方だったんですが、採用はここ半年ぐらいで信じてくれる人が増えてきた印象です。僕もそうですが、メンバーはみんな逆張りの意思決定をしてきてくれてるので、パッションのあるチームになっている、というのはポジティブな面ですよね。

あと予約状況は非常にポジティブで、当初見込んでいたより予約がきちんと入っているので、このままの勢いで海外旅行が回復していけば楽しみだなと思ってます。今回3月に隔離ゼロの地域が出てきて、もうすぐPCR検査が不要になるといわれているので、さらに飛行機の数が戻って、この3ステップが実現すれば、そこに合わせていきたいです。

朝倉 私もそうですけど、海外に行きたい気持ちが強まっている人はたくさんいるよね。

篠塚 アーリー・アダプターみたいなユーザーが、今年のゴールデンウィークや夏で海外旅行に行かれますよね。たとえばハワイだとマスクも不要で自由に楽しんでいる姿がテレビ等で映されて、多くの人に「ハワイ、行けるんだ」と思ってもらえたら、秋や冬には(旅行者が)さらに増えて、今年全体で2019年の20%前後にいってくれたらいいな、というのが現状の見立てです。

海外投資家の日本撤退は想定内だが…

篠塚 僕からも質問していいですか。朝倉さんから見た今年の想定内と想定外は?

朝倉 想定内だったけど、想定以上のスピードだったなと思うのは海外投資家です。

2020年ぐらいから海外投資家、といっても海外投資家ってVCもいればヘッジファンドもいればファミリーオフィスもいるし、要は「日本以外のすべての投資家」という意味だから、実質的にあんまり意味がないけど、ともかく非伝統的な投資家が大口の資金を日本のスタートアップに振り向けることが続いてきたじゃないですか。そういう巨額の資金を調達することを前提に資本政策、エクイティストーリーを組んでいた人も多いと思うし。

一方で、海外投資家の中でもVCとその他の人たちはかなり違うと思っていて、VCはそれなりに根づくかなと思うんですが、一方で上場株をメインに投資する人たちはそんなに定着しないんじゃないかなと思ってたんですよ。実際、年明け以降、急速に日本のスタートアップに投資しなくなっていて、(それ自体は)想定内なんだけど、こんなに速く出ていくというのは想定外でした。

篠塚 なんでそうなったかという仮説はありますか?

朝倉 シンプルに、日本に限らずマーケットが崩れているからだと思います。二重の意味があって、VCとその他の人たちという認識でいて、どちらかというとVC以外の人たちは上場株が下がってきていて、未上場株は高い価格で推移していることを思うと上場株を買ったほうが投資妙味あると感じてるんじゃないか。

あとは投資するとなったとき、上場株と未上場株の投資ポートフォリオは決めているわけじゃないですか。たとえば上場株70:未上場30と決めて投資していて、これが仮に、上場株がドーンと下がって仮に半分になっちゃうとすると、70と思ってたものが35になる。

つまり上場株と未上場株が35:30ってほぼ半々になったら、未上場で魅力的な企業があろうがなかろうが関係ない。ポートフォリオのバランスとしておかしいから、上場株を増やさなきゃならない。なおかつ、これは私の見立てですが、日本では実験として試していた投資家も多いと思うから、会社(投資先候補となるスタートアップ)の良し悪しと関係ないことが起こっていたのかなと。

篠塚 なるほど、わかりやすい。新規投資が、未上場企業より上場企業に寄っちゃってると。

朝倉 スタートアップにしても、ファンドを組成してスタートアップに投資する我々も、どこかからお金を引っ張ってくるという点では似た者同士ですよね。でもVCに投資するのは日本の場合は事業会社が多いので(それが問題だ、機関投資家を増やすべきだという批判は共有されているが)、機関投資家も、直接投資はしなくてファンドにしか投資しないという人たちだったとしても、自分たちのポートフォリオ・バランスを見たいわけですよ。

自分たちはVC含めたオルタナアセットに30、それ以外の上場株がらみのファンドに70と分配すると決めてたのに、30:35になったら、さっきと同じで「あかん! 上場に寄せなあかんやないか」となるわけです。すると結局、スタートアップと同じく、VC側も資金調達しづらくなっちゃうんだよね、過去のパフォーマンスがいいとか関係なく。こういうことがいま起こってますよね。

篠塚 しかも未上場側は株価の値動きが表面上はないから、そのままになっちゃうし、上場企業ほど落ちてるように見えないから、余計に上場企業をカバーしなきゃという意思決定になるんでしょうね。それは非常にわかりやすい。

朝倉 そんなカラクリになってると思います。

★篠塚さんと朝倉さんの対談の臨場感を味わえる! Podcastも配信中です!★

【令和トラベル篠塚社長①】令和トラベル創業に至るキャリアの変遷と4月にローンチした新サービスの反響

【令和トラベル篠塚社長②】起業でも投資でも勝つための鉄則とは?

【令和トラベル篠塚社長③】旅行業の起業で予想していた大変さは「コロナ禍」、予想していなかった大変さとは?

【令和トラベル篠塚社長④】2022年、なぜ多くの海外投資家が日本のスタートアップ投資から早々に撤退したのか?

【令和トラベル篠塚社長⑤】シリアル・アントレプレナーのメリットとデメリット

【訂正】記事初出時より以下のように修正しました。2段落目の朝倉さんの発言中「ユーザベースみたいに伸びてる会社のPBRが2倍で、なんであなた30倍なんでしたっけ、ってなりますよね」を「ユーザベースみたいに伸びてる会社のPSRが2倍なのに、なんで未上場なら30倍というロジックになるのか、という議論にはなってしまいます」に修正しました。(2022年6月15日午前11時04分 書籍オンライン編集部)