グローバルに、CEOやCMO輩出企業として名を馳せるP&G。その経営中枢の一角を担うアジアのヘッドクォーターに11年勤務したマーケターの大倉佳晃さんが、メジャーリーガー級のリーダーやマーケターと数多く触れ合って辿り着いた1つの結論は、「優秀なビジネスリーダーは、マーケティングとファイナンスの両軸での思考ができる」ということだった。その両軸での思考とはどのようなものか、そして、どんなふうに役立つのか。また、どうやって身に着けたのか。これから全4回で解説していく。

私は2008年にP&Gに新卒で入社し、3年目からアジアのヘッドクォーターであるシンガポールに着任しました。以降11年にわたって、グローバル/リージョン/ローカルビジネスそれぞれを、ヘアケア、化粧品、日用品の各ブランドにて経験してきました。

元P&Gトップマーケターが語る「メジャーリーガー級のビジネスリーダーに共通すること」大倉佳晃(おおくら・よしあき)
OKURA BOOTCAMP代表 兼 ブランド・ビルダー。元P&G APAC Focus Market ヘアケア シニアディレクター・CMO。2008年P&Gジャパン入社。入社3年目からアジアヘッドクォーターのシンガポールに着任、グローバルSK-II、日本・韓国ファブリーズ、日本ヘアケアで業績V字回復や急成長を牽引。パンテーンでは、ブランドパーパスキャンペーン「#HairWeGo」を開発・成功させ、カンヌライオンズ含む世界中のブランド・広告賞も多数受賞。現在は、外資・内資、大企業・スタートアップまで幅広い会社の顧問・取締役・エンジェル投資をしながら、自社事業の準備中。

シンガポールでビジネスに携わった11年間は、大変刺激的な毎日でした。アジアのヘッドクォーターならではですが、国籍も人種も異なる多様な社員と切磋琢磨し、また、メジャーリーガー級の凄まじいリーダーたちと共にブランド経営の中枢を担ったことは言わずもがなです。特に、最後の3年弱はリージョンのヘアケア事業部のシニアディレクター・CMO(最高マーケティング責任者)として、ウォール・ストリートに提出する数字をグローバルの事業部CEO(最高経営責任者)と折衝する経験は、私のマーケティング思考に多大な影響を与えました。

その当時、言われて今も忘れないのが、「優秀な経営者・マーケターは、マーケティングとファイナンスの両軸での思考ができる」という言葉です。

世の中では、マーケティングの定義が狭義で捉えられることが多く、ともすれば「広告を作る仕事」と思われてしまうことも多いでしょう。ですが私は、マーケティングについてより広く捉えており、

「消費者・ユーザーに選ばれる確率を上げ、使い続けてもらえるブランド(商品・サービス)を育て、継続的に売上・利益を伸ばす仕組みづくり」

だと思っています。これ、実は経営そのものでもあります。

そして、経営と言えば、外せないのがファイナンスです。ファイナンスと言っても、こちらも広範な定義がありますが、こと、マーケティングを実行する上では、数量・金額シェアや売上高だけを伸ばすのではなく、「利益・キャッシュを、どのように伸ばすことができるのか」(こちらは次回以降で詳述)、また「投資選択」という視点が大切になってきます。

例えば下記のように、数あるマーケティングの打ち手の中で、どこに投資をすることが最も投資効率が上がるのか、といった課題を検討していきます。

・ブランドや商品ラインナップのポートフォリオを、市場の成長性や利益率を鑑みたときに、どう築いていけばいいのか
・複数のブランドや商品ラインナップをすでに保有している場合、どこにマーケティング投資をすることが最も投資効率が上がるのか
・商品のアップグレードをするための工場設備の改善、販売員の増強、テレビCM、リスティング広告、動画広告、サンプリング、CRM、PR、EC/店頭施策

多くの経営者やマーケターも、同様の課題にぶつかった経験がきっとあるのではないでしょうか。

どのような場合も「良い商品や良いマーケティング施策」を作ることは前提ですが(とはいえ、こちらもものすごく骨が折れる作業で、簡単ではないのですが)、売上高だけではなく利益やキャッシュにも留意できているか、また、「投資選択」をきちんと出来ているかで、大きく打ち手の選択も変わってきます。

この視点がない中でマーケティングを行っても、私が上で定義したマーケティングには適いません。当然のことですが、売上高が上がったとしても、利益・キャッシュがついてこない場合、ブランドや商品に再投資を継続的にできなくなるわけですから、長期的にブランドや商品を育てることができなくなってしまいます。

私自身も、この発想がないばかりに、過去に手痛い経験を多くしてきました。目先の売上高確保に走ったばかり、利益率があまり良くない新商品にリソースを投下し、結果としてブランド全体で目標利益を達成できなかったことも。逆に、この発想を持って、マーケティング・ミックス(テレビやデジタルなど、タッチポイントごとの投資配分の調整)を改善し、売上高と利益を劇的に伸ばしたこともあります。

一口にマーケターと言っても、消費者に感動的な商品や広告を届けることにパッションがある人もいれば(世の中的には、いわゆるクリエイターと呼ばれる人に近いかもしれません)、売上数量を毎日追いかけることが大好きな人もいます。どちらを否定するわけではないですが、私が過去接してきた「結果を出せる」メジャーリーガー級の経営者やマーケターは、やはり、その双方を総取りして「ファイナンス視点を持ちながらも、消費者に感動を届ける」ことができる人たちでした。

そういう人たちは、

・担当ブランドや商品のP/L(損益計算書)構造
・担当ブランドの各商品の粗利率、利益率、年間・月間売上個数、在庫数
・各マーケティング施作の投資効率

など、ビジネスの数字の裏表をすべて把握しながら、上で述べたような、売上高だけではなく利益・キャッシュを考慮し、かつ投資選択も明確にしながらマーケティング施策を作っていくのです。この発想は、経営者、マーケターに限らず、どの業種、部署で働いている方も身につけて損はないものだと思います。

次回以降は、より具体的に、ファイナンス視点で重視すべき指標と、マーケティングがその指標にどう貢献できるのかを述べていきたいと思います。