「なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?」SNSに潜むウソ拡散のメカニズムを、世界規模のリサーチと科学的研究によって解き明かした全米話題の1冊『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』がついに日本に上陸した。ジョナ・バーガー(ペンシルベニア大学ウォートン校教授)「スパイ小説のようでもあり、サイエンス・スリラーのようでもある」、マリア・レッサ(ニュースサイト「ラップラー」共同創業者、2021年ノーベル平和賞受賞)「ソーシャル・メディアの背後にある経済原理、テクノロジー、行動心理が見事に解き明かされるので、読んでいて息を呑む思いがする」と絶賛された本書から一部を抜粋して紹介する。
フェイクニュース拡散についての大規模調査を実施
ではここで、少し回り道にはなるが、私自身が具体的にどのようにしてクリミア、ウクライナでの出来事を理解していったのか、という話をしてみよう。これはいわば、小説のなかで登場人物がもう一つの小説を書くようなものかもしれない。
クリミア併合から2年後の2016年、私はマサチューセッツ州ケンブリッジのMITの自分の研究室にいた。私はそこで同僚のソルーシュ・ヴォソウギ、デブ・ロイとともに、ある重要な研究プロジェクトに取り組んでいた。
ツイッター社と直接連携し、オンラインでのフェイク・ニュースの拡散に関して[1]、これまでで最大の長期的研究をしていたのである。
サービスの始まった2006年から2017年までの10年以上のあいだに、ツイッター上で広まった事実確認済みのすべての噂の真偽を確認し、それぞれの拡散の仕方を調べた。
嘘が地球を半周する頃、真実はまだ靴も履き終わっていない
研究の結果は、2018年3月、『サイエンス』誌のカバーストーリーとして発表された。オンラインでのフェイク・ニュース拡散についての初めての大規模調査の結果がこの時に明らかにされたわけだ。
この調査の過程で、私は科学者として、それまで知ったことのなかでも最も恐ろしい事実を知ることになった。今にいたるまでこれほど恐ろしい事実に出合ったことはない。
それは、フェイク・ニュースが、種類を問わず、真実のニュースよりもはるかに速く、遠くまで広がり、多くの人の心に深く浸透するという事実だ。場合によっては、拡散の速さ、範囲の広さは、10倍以上にもなる。
「嘘が地球を半周する頃、真実はまだ靴も履き終わっていない」と言った人がいるが、この言葉は正しい。
ソーシャル・メディアでは、嘘は光の速さで広がっていくが、真実は糖蜜が流れるくらいの速度でしか広がらない。しかも、ソーシャル・メディアを流れるあいだに情報は歪曲されていくことになる。
大統領選挙に呼応してフェイクニュースが増加
しかし、調査で明らかになったのは、こうした明白な事実ばかりではない。一見したところではすぐにはわからない事実も明らかになった。その一つは、クリミア危機に直接関係する事実だ。
ツイッターでの真実と嘘の拡散に関してまだ精緻なモデルが構築できていなかった頃、私たちは、分析の一環として簡単なグラフを作ったことがあった。
このグラフには、政治、ビジネス、テロ、戦争など様々な分野の真実のニュース、嘘のニュースのカスケード(あるニュースについてのツイート、リツイートの連なりのことをこう呼んでいる)の数が時間の経過とともにどう変化していったかが示されている[図1─1]。
このグラフを見ると、嘘のニュースについてのカスケードの数は、2013年末、2015年、2016年末などにピークに達していることがわかる。
2016年末のピークは、前回のアメリカ大統領選挙に呼応したものだろう。2012年、2016年と、アメリカ大統領選挙のあった年には、明らかに嘘のニュースが他の年より多く拡散されている。
政治とフェイク・ニュースの関わりがいかに深いかがこれでよくわかる。
クリミア併合で「部分的には真実で、部分的には嘘」が急増
だが、私たちの興味を引いたのはそれだけではなかった。わかりにくいが、データにはもっと興味深い傾向が見られたのだ。
2006年から2017年までの10年あまりのあいだに、「部分的には真実で、部分的には嘘」というニュースの数が急増したのはたった一回だけだ。私たちはこの種の噂を「混合ニュース」と呼んだ。
[図1─1]のグラフを見ても、そのピークの存在はわかりにくい。ところが[図1─2]の、政治関連のニュースだけについてのグラフを見ると、黒で示された「混合ニュース」の拡散が急増しているタイミングがあることが明確にわかる。
それは、2014年の2月から3月にかけての2ヵ月間だ。ちょうどクリミア併合が起きたタイミングということになる。クリミアでの出来事に直接、呼応して混合ニュースが増えたわけだ。
これは驚くべきことだった。私たちの調べたかぎり、歴史上、ツイッター上にこれほど混合ニュースが急増したケースは一度もなかったからだ(カスケード数が、2番目に急増したケースの実に4倍になっていた)。
しかも、急増したあと、すぐに急減している。クリミアの併合が完了すると、ほぼなくなってしまったのだ。
さらに詳しく調べると、この急増は、親ロシア勢力が組織的にソーシャル・メディアを活用した結果であることがわかった。この時、親ロシア勢力は、ハイプ・マシンを積極的に活用して、クリミアの出来事についてのウクライナの世論、国際世論を操作しようとしたのである。
クリミアの併合は、クリミア市民自身の意思に沿うものであるという認識が広まるよう仕向けたわけだ。
【参考文献】
[1]Soroush Vosoughi, Deb Roy, and Sinan Aral, “The Spread of True and False News Online,” Science 359, no. 6380〈2018): 1146-51.
(本記事は『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』を抜粋、編集して掲載しています。)