「なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?」SNSに潜むウソ拡散のメカニズムを、世界規模のリサーチと科学的研究によって解き明かした全米話題の1冊『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』がついに日本に上陸した。ジョナ・バーガー(ペンシルベニア大学ウォートン校教授)「スパイ小説のようでもあり、サイエンス・スリラーのようでもある」、マリア・レッサ(ニュースサイト「ラップラー」共同創業者、2021年ノーベル平和賞受賞)「ソーシャル・メディアの背後にある経済原理、テクノロジー、行動心理が見事に解き明かされるので、読んでいて息を呑む思いがする」と絶賛された本書から一部を抜粋して紹介する。

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公衆衛生を脅かすフェイク・ニュース

 2020年3月、悪意ある人間により計画的にアメリカ国民を不安にさせるフェイク・ニュースが拡散された。新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込めるため、大規模な隔離が間もなく始まるというフェイク・ニュースだ。アメリカ国家安全保障会議(NSC)は、わざわざ公式にそのニュースを否定しなくてはならなかった。

 新型コロナウイルスに関して拡散されたフェイク・ニュースはそれだけではない。中国政府は、このパンデミックはアメリカ軍の仕業であるという陰謀説を流布させた。ウイルスを殺すために塩素を飲むといい、大量のアルコールを飲むといい、といった嘘の「治療法」が広まったせいで、何百人もの人が命を落とした。

 もちろん、その当時、新型コロナウイルス感染症には、治療薬もワクチンもなかった。世界保健機関(WHO)などの国際機関は、ハイプ・マシンによる偽情報の拡散と闘っている。それは世界のパンデミック対策の大きな要素となっている。

 私はMITの仲間たちとチームを作り、ワッツアップのWHOの公式コロナウイルス・チャンネルで、ファクトチェックの役割を担う〈COVIDConnect〉を支援している。また、コロナウイルス関連の偽情報の広がりや影響を調査している。だが、公衆衛生関連の偽情報がハイプ・マシンで拡散されるとどれほどの破壊力を持つのかは、新型コロナウイルスのパンデミックが起きる前年の2019年、はしかの再流行のさいに垣間見えていた。

根絶したはずの「はしか」が近年増加。一体なぜ?

 はしかは、アメリカでは2000年に根絶が宣言されていた。しかし2010年に報告された症例がわずか63だったのに対し、2019年には、最初の7ヵ月だけで症例が1100を超えた(1)。1800パーセント近い増加である。

 はしかは子どもがかかると特に危険な病気だ。発熱と発疹だけで済むことも多いが(2)、1000人に1人は、脳にまで症状が広がる。頭蓋骨の膨張や痙攣、脳炎などが起こることもある。子どもの20人に1人は肺炎を起こし、空気から酸素を取り出し、身体に行き渡らせることができなくなる。2017年には、世界で11万人の子どもがそのせいで命を落とした。

 はしかウイルスは、ウイルスのなかでも特に人から人への感染力が強い(3)。はしかウイルスに感染した人が咳をすると、その人が部屋を出て一時間経ったあとでも、飛沫から別の人に感染することがある。はしかウイルスに触れると10人のうち9人がはしかを発症することになる。一人から平均で何人に感染するかを示すR0値(基本再生産数)は、2020年の新型コロナウイルスが2.5だったのに対し、はしかは15にもなる(4)

 これだけ感染力の強い病気の蔓延を防ぐためには、人口の大部分にワクチンを接種して、集団免疫を達成する必要がある(5)。はしかより感染力の弱いポリオの場合、人口の80~85パーセントにワクチンを接種すれば集団免疫を達成できる。しかし、はしかのように感染力が強い病気の場合は、人口の95パーセントにワクチンを接種しなくては集団免疫を達成できない。

原因はワクチンの拒否

 はしかに有効なワクチンは1963年から存在するが、専門家によれば、根絶したはずのはしかが残念ながらアメリカで復活した原因はワクチン拒否にあるという。はしか、おたふく風邪、風疹の混合ワクチン(新三種混合ワクチン、MMRワクチンとも呼ばれる)の2017年の子どもへの接種率は91パーセントだったが、一部の地域では近年、接種率が極端に低下していた。そして、まさにそうした地域ではしかにかかる人が急増したのだ。

 私にとっては他人事ではなかった。私には6歳の息子がいたからだ。最も危険性の高い年齢層だ。しかも2019年にアメリカで報告されたはしかの症例の半数超が、ニューヨーク、ブルックリンのユダヤ正統主義者コミュニティからのものだった。我が家から五ブロックのところにあるコミュニティだ。

 症例が急増していたのはどれも皆、人々の結びつきが強いコミュニティである。たとえば、ニューヨーク州ロックランド郡のユダヤ人コミュニティ、ワシントン州クラーク郡のウクライナ人とロシア人のコミュニティなどだ。いずれのコミュニティでも、ワクチン接種率は70パーセント前後にとどまっていた。集団免疫を達成するにはあまりにも低い。

ワクチンに関する偽情報の拡散

 はしかがそれほど危険なら、またワクチンがそれほど有効なら、なぜ子どもへのワクチン接種を拒否する親がいるのだろうか。その原因の一つは、アンドリュー・ウェイクフィールドが、信頼性が高いとされる医学誌『ランセット』に「新三種混合ワクチンを接種すると自閉症になる」という科学的に誤った論文を発表したことである。

 後に、ウェイクフィールドが、ワクチン製造企業を訴えていた弁護士から金銭を受け取って証拠を捏造し、嘘の論文を書いていたことが発覚した(6)。また、ウェイクフィールド自身、従来の新三種混合ワクチンと競合する新たなワクチンの開発に取り組んでいたことも明らかになった。

 事実が明るみに出ると、『ランセット』誌は即座に論文を撤回し、ウェイクフィールドは医師免許を剥奪された。だが、偽情報の影響は今日も消えていない。複数のブログによって陰謀論が拡散されているうえ、ウェイクフィールド自身が監督した「MMRワクチン告発」という映画を多数の人が観たことも大きく影響している。この映画の存在は今もソーシャル・メディアによって多くの人に知らされている。

 テネシー大学ヘルス・サイエンス・センター小児科長で、メンフィス、ル・ボヌール小児病院小児科長でもあるジョナサン・マッカラーズ医師は、2019年3月、上院の公聴会で、反ウイルスの偽情報について証言した。

誤った理論が速く拡散する一方、信頼ある専門家の意見は広まらない

 マッカラーズ医師の証言によれば、ワクチン免除に関する国の政策や、不安を感じる国民の相談に応じる態勢の不備も大きいが、それに加え、誤った理論を速く広く拡散する情報伝達経路があること、その理論を否定できるはずの信頼ある専門家の意見が広まっていないこと、などによってワクチン接種をためらう人が増えているという(7)

 子どもを持つ親たちは、インターネット、特にツイッターやフェイスブックなどのソーシャル・メディアから多くの情報を得ている。その情報には怪しげなものも多く、正しい情報が不足している。誤った情報の氾濫で混乱し、ワクチンに不安を持つ親が増えることは理解できる。一度、ワクチンに疑いを持ってしまった親たちは、それ以上の情報を得ようとせず、子どもへのワクチン接種を拒否することも多い。

 ソーシャル・メディアで誤った情報が流されると、ワクチンで予防できるはずのはしかのような病気がすぐに蔓延してしまう危険性があるわけだ。

【参考文献】
(1) “National Update on Measles Cases and Outbreaks─United States, January 1-October 1, 2019,” Morbidity and Mortality Weekly Report, U.S. Centers for Disease Control and Prevention, October 11, 2019, https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/68/wr/pdfs/mm6840e2-H.pdf.
(2) Peter J. Hotez, “You Are Unvaccinated and Got Sick. These Are Your Odds,” New York Times, January 9, 2020.
(3) Deborah Balzer interview with Dr. Nipunie Rajapsakse, “Infectious Diseases A-Z: Why the Measles Virus Is So Contagious,” Mayo Clinic, April 9, 2019, https://newsnetwork.mayoclinic.org/discussion/infectious-diseases-a-z-why-the-measles-virus-is-so-contagious/.
(4) Fiona M. Guerra, “The Basic Reproduction Number(R0)of Measles: A Systematic Review,” Lancet Infectious Diseases 17, no. 12(2017): e420-28; Ed Yong, “The Deceptively Simple Number Sparking Coronavirus Fears,” Atlantic, January 28, 2020.
(5) Manish Sadarangani, “Herd Immunity: How Does it Work?,” Oxford Vaccine Group, Oxford University, April 26, 2016, https://www.ovg.ox.ac.uk/news/herd-immunity-how-does-it-work.
(6) Gardiner Harris, “Journal Retracts 1998 Paper Linking Autism to Vaccines,” New York Times, February 2, 2010.
(7) “Senate Hearing on Vaccines and Public Health,” U.S. Senate Committee on Health, Education, Labor and Pensions, March 5, 2019, https://www.c-span.org/video/?458472-1/physicians -advocates-warn-senate-committee-vaccine-hesitancy-implications.

(本記事は『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』を抜粋、編集して掲載しています。)