「なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?」SNSに潜むウソ拡散のメカニズムを、世界規模のリサーチと科学的研究によって解き明かした全米話題の1冊『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』がついに日本に上陸した。ジョナ・バーガー(ペンシルベニア大学ウォートン校教授)「スパイ小説のようでもあり、サイエンス・スリラーのようでもある」、マリア・レッサ(ニュースサイト「ラップラー」共同創業者、2021年ノーベル平和賞受賞)「ソーシャル・メディアの背後にある経済原理、テクノロジー、行動心理が見事に解き明かされるので、読んでいて息を呑む思いがする」と絶賛された本書から一部を抜粋して紹介する。

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ウォール街を襲ったフェイクニュース

 2013年4月23日、ウォール街の市場は静かに開いた。季節外れの寒い朝、カフェラテを飲むトレーダーたち。取引開始の鐘が鳴ってからランチタイムまでのあいだ、株価は緩やかに上昇していた。

 ところが、昼食をとっていた人たちが戻る頃、AP通信がツイッター上で流したニュースによって、市場の雰囲気が一変する。

 ニュースは次々にリツイートされ、ニューヨークやワシントンの飲食店では、店中の携帯電話の着信音が鳴りっぱなしになった。そして間もなく、世界中が同じ状態になった。ごく短時間でハイプ・マシンを席巻する情報カスケードが生まれたのだ。

 そのニュースがツイートされたのは、アメリカ東部標準時の午後1時7分である。文面は「速報:ホワイトハウスで2度の爆発。バラク・オバマ大統領が負傷[1]」という簡単なものだった。これが5分間で4000回以上もリツイートされ、少なくとも何十万という数の人たちがホワイトハウスへの攻撃を知ることになった。

 その日、ツイッターを見ながら、アイスティーやアーノルド・パーマー〔ノンアルコール・カクテルの一種〕を飲んでいた人たちは、飲んでいたものを思わず吹き出しそうになったかもしれない。なにしろ衝撃的なニュースだ。ホワイトハウスには入口と言える場所が4ヵ所しかなく[2]、それ以外は塀を乗り越えるくらいしか入る手段がない。当然、どこから入るにしても、常に厳しい監視の目がある。

 だからこそ、ホワイトハウス内で爆発が起こり、大統領が負傷したというのは驚くべき大ニュースだったわけだ。

フェイクニュースによって、1390億ドルが瞬時に失われる

 株価は一時急落したが、その後すぐに回復した。ニュースに動かされたのが個人投資家だけだったとしたら、経済への影響は限定的なものにとどまっただろう。

 だが、問題は、ハイプ・マシンが孤立して存在しているわけではないということだ。

 現代は、ソーシャル・メディアに表れるその時々の社会の雰囲気をリアルタイムで察知するシステムが存在している。社会の雰囲気を表すような言葉をソーシャル・メディアから収集し、分析し、その結果を踏まえて取引を行なうのだ。

 たとえば、データマイナー、レイヴンパックなどの企業は、ソーシャル・メディアに投稿されたデータを絶えず分析している。ほとんどは「ノイズ」なのだが、大量に集めると、そのなかから何らかの情報が浮かび上がってくるのだ。そして得られた情報を基に、法人客に売買の指示を出す。

 こうすれば実際の市場の動きに先んじて売買ができるということである。

 ホワイトハウス爆破のツイートが流れた午後は、当然のことながら「雰囲気は良くない」と判断された。そのため、法人客に対しては「所有している株式を売却するように」との指示がなされることになった。

 その指示に従い、自動取引プログラムは、株式の売却を開始した。おかげで平均株価は即座に200ポイント近くも下落し[3]、1390億ドルが瞬時に失われてしまった。しかし、ニュースは真実ではなかった。ホワイトハウスでは何事も起きておらず、大統領も無事だった。

フェイクニュースを拡散した人物の正体

 このフェイク・ニュースを広めたのはシリアのハッカーだった。APのアカウントを乗っ取って、ツイートをしていたのだ。

 この日、テロ攻撃があったのは確かだが、場所はペンシルベニア大通り1600番地(ホワイトハウスの住所)ではなかった。攻撃はツイッター上で行なわれ、被害者はウォール街で出た。株価はすぐに反発したが、ニュースに反応して株を売却した人たちは損失を出した。

 ニュースは嘘でも、失った資金は本物である。特に、売却のタイミングが遅かった人は大損をした。

 2013年に起きたその「ハック・クラッシュ」によって、テクノロジーに支配され、ハイプ・マシンとつながった私たちの社会がいかに脆いものかが明らかになった。

 ニュースがいったんネットワーク上で拡散されると、もはやそれを止めるのは難しくなる。真偽を確認することも困難で、パニックの発生を防ぐこともできない。対策を講じるための十分な時間がないからだ。

 拡散してしまったニュースがフェイク・ニュースだった場合、金融システムや医療機関、民主主義体制は大きな損害を被る。情報が偽物であっても、被害は本物だ。

【参考文献】
[1]Tero Karppi and Kate Crawford, “Social Media, Financial Algorithms and the Hack Crash,” Theory, Culture and Society 33, no. 1(2016): 73-92.
[2]“White House Security Breaches Fast Facts,” CNN, updated March 25, 2020, https://www.cnn.com/2017/06/14/us/white-house-security-breaches-fast-facts/index.html.
[3]Karppi and Crawford, “Social Media, Financial Algorithms,” 73-92.

(本記事は『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』を抜粋、編集して掲載しています。)