『豊臣兄弟!』第8回に登場した竹中半兵衛(演:菅田将暉) (C)NHK
歴史はエンターテインメント!かしまし歴史チャンネルへようこそ。「豊臣兄弟!」第8回では、前回に続いて、秀吉・秀長兄弟の墨俣攻略が描かれました。「一夜城」の新解釈には驚きましたが、もう一つ、視聴者に強い印象を残したのが、軍師・竹中半兵衛(演:菅田将暉)の登場シーン。若き日の竹中半兵衛といえば、たった16人で主君・斎藤龍興の本拠地である稲葉山城を奪い、すぐに主君に城を返却。その後しばらく、表舞台から姿を消した……という「稲葉山城事件」が有名です。竹中半兵衛の美談として広く知られるエピソードですが、これは本当のことなのでしょうか?竹中半兵衛はそもそも美濃でどのような立場にあったのか、なぜ稲葉山城を占拠したのか。今回は、秀吉の軍師になる「前」の竹中半兵衛について、史料をひもといてみましょう。(かしまし歴史チャンネル/川合章子)
名軍師・竹中半兵衛は美濃の国衆として生まれた
戦国時代の名軍師として知られる、竹中半兵衛。秀吉に三顧の礼で迎えられた参謀として、ご存じの方も多いと思います。
彼の前半生は、美濃の斎藤氏に仕えた、一国衆の武将としてのものでした。特に、若き日の半兵衛が起こした「稲葉山城乗っ取り事件」は、長く忠臣の美談として語られてきましたが、実は、近年では、その姿が見直されてきているのです。
半兵衛の本名は竹中重治といいます。天文13年(1544年)、美濃の大御堂城主・竹中重元の子として生まれました。幼少期から病弱で、武芸より学問に励んだ人物だったといわれています。
半兵衛の父の重元は、もともと美濃守護だった土岐氏に仕えていましたが、のちに、守護を追放した斎藤道三に従うことになります。
戦国期の国衆たちは、自分たちの土地を守るために、現実的な判断を重視して主君を替えることも珍しくなく、竹中重元も典型的な戦国国衆の一人だったようです。







