日本が誇る「クオリティ」は
他国に追い付かれつつある

 意思決定に時間がかかる分、計画が熟考され周到に練られているため、いざ実行の段階になると、素晴らしい手腕を発揮します。日本企業にはもう希望がない、などとは決して思いません。

――『フォーブスジャパン』2015年5月号でインタビューした際、教授は日本企業について、コンセンサスの形成や質の高い製品・サービス、仕事の正確さといった、大きな長所があると称賛しました。一方で、そうした強みは遂行に時間を要するものばかりだと指摘しています。変化の速度が加速する中、それこそが「日本企業のジレンマ」だと。

 また、日本企業には「イノベーション」への障壁が多すぎると分析。ベテランの男性社員が恩恵を受ける終身雇用制度や、厳格なヒエラルキーは、女性の進出にとってマイナスだ、という指摘もしています。現在も、日本企業に関する教授の分析は変わりませんか?

マグレイス そうした日本企業の構造は、ちょっとやそっとでは変わらないと思います。変わるとしても、ごくゆっくりとしたペースでしょう。

 一方、日本市場は依然として大規模であり、国内市場ではうまくやっています。その点で、日本企業にもまだ優位性があるのは間違いありません。ただ、日本は、かつて世界の企業を圧倒していた「クオリティー」の点で、他国に追い付かれつつあります。

 その意味で、日本企業は、次に競争優位を築ける領域を探さなければなりません。

――イノベーションには、平均して数年~7年を要するといわれています。従業員の勤続年数が短い米国企業と違い、長期勤続が前提の日本企業は、従業員が腰を落ち着けてイノベーションに取り組めるという点で有利でしょうか?

マグレイス そう思います。終身雇用制度は、柔軟性の欠如や従業員がリスクを取ろうとしないことなど、多くの問題がある一方で、長い年月をかけて知識や能力を高めることができるという良い面もあります。会社から会社へと転職していては、そうしたことは困難です。
 
 ただ、終身雇用制度には、同制度特有のヒエラルキーに従わなければならないという、イノベーションの阻害要因があります。そのため、変化を起こしにくいのです。

――大企業の終身雇用制度には、イノベーションにとってマイナスな、硬直性や惰性・怠惰を招くリスクもあります。

マグレイス 別に意地悪な見方をしているわけではありませんが、終身雇用制度の下では、チーム内のメンバーに失礼な言い方をしたり、本当の意味で信頼に足る行動を取ったりといったことを避けがちです。そうした行動を取らないことで、初めてチームの一員として歓迎される、という恩恵を得られるからです。

 社内で悪いニュースを察知しても見て見ぬふりをする傾向があり、嘘をついているとまでは言いませんが、真実を言わないことに対し、おとがめも受けません。「社内の人間関係と調和」が重視されるからです。

 ずっと同じ会社でやっていかなければならないため、ことのほかこうした社内政治への気配りが、(出世などの点で)大きな利点につながってしまうんですね。

 同じ会社で何十年も勤め上げるということには、悲しいかな、そうした側面があります。従業員は、会社という「社会」に適応することにひたすら心を砕くのです。1社で生涯やっていくには、気難しい人だと思われたり、何かと反論してくる人だと思われたり、不愉快な人だと煙たがられたりしたら、まずいからです。

 その結果、何が起こるのか? 自分のキャリアに枠がはめられ、できることが限られ、誠実な言動も、お互いに異を唱え合うこともままならず、常に「イエス」を繰り返すばかりの仕事人生になりがちです。危険人物だと見なされないように、です。