巨大なシステムを再びゼロベースで組み上げる覚悟はあるか?安宅和人と松田公太が語る「新たな日本」Photo by Teppei Hori

タリーズコーヒージャパン創業者であり、現在、EGGS ’N THINGS JAPAN代表を務める松田公太氏。本シリーズでは、起業家であり元政治家の松田氏が、気になる人物に話を聞き(インプット)、その内容を広くビジネスパーソンへ共有する(アウトプット)。第1回のゲストは、『シン・ニホン』がベストセラーとなっている、慶應義塾大学教授でありZホールディングス シニアストラテジスト(前ヤフーCSO)の安宅和人氏が登場。全4回にわたってその模様をお届けする。フランチャイズシステム、テクノロジーとシステム思想、日本のヒエラルキー文化、アントレプレナーシップ教育、国家モデルの再設計…、安宅氏をゲストに迎えた対談(全4回)の3回目となる今回も、日本の未来に重要なキーワードが飛び交った。(構成/ダイヤモンド社編集委員 長谷川幸光)

>>前回より続く

レイ・クロックによるマクドナルドは
当初、「システム」を売る会社だった

安宅和人氏安宅和人(あたか・かずと)
慶應義塾大学環境情報学部教授、Zホールディングス(株) シニアストラテジスト。マッキンゼーを経て、2008年からヤフー。前職ではマーケティング研究グループのアジア太平洋地域中心メンバーの一人として幅広い商品・事業開発、ブランド再生に関わる。2012年よりCSO、2022年春よりZホールディング シニアストラテジスト(現兼務)。並行して2016年より慶應義塾SFCで教え、2018年秋より現職。総合科学技術イノベーション会議(CSTI)専門委員、教育未来創造会議委員、新AI戦略検討会議委員ほか公職多数。イェール大学脳神経科学PhD。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)、『シン・ニホン』(NewsPicks)ほか。
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松田公太氏(以下、松田) 私、高校時代にアメリカのマクドナルドでアルバイトをしていたんですね。37年ほど前のことです。そのときに驚愕(きょうがく)したのが、フランチャイズシステムです。

 映画化もされていましたが(※2016年製作『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』)、マクドナルド自体はもともと、マクドナルド兄弟が創業したもので、数店舗つくり、それ以上は多店舗展開しないと言っていたところに、レイ・クロックさんという、ミルクセーキのミキサーを販売していた実業家が、たまたまマクドナルドに寄って、効率的にハンバーガーをつくる調理システムに興味を持ち、兄弟と交渉してフランチャイズ権を獲得したんです。

安宅和人(以下、安宅) システム的に考えたわけですね。

松田 そうなんです。マクドナルド兄弟と出会って翌年の1955年に会社を設立したのですが、その名前が何と「マクドナルドシステム」。マクドナルドの最初の社名、実はあまり知られていなくて、その5年後に「マクドナルドコーポレーション」に変わっていますが、最初はシステムを売るという会社だったんです。

安宅 それはおもしろいですね。

松田 まさしく、「このおいしいハンバーガーを世界中に広げたい」という夢を、システムとテクノロジーが広げたんですね。夢にテクノロジーが加わったことで、アメリカで広がり、世界中に広がり、ナンバーワンのレストランチェーンになった。フランチャイズというシステム自体を最初につくったのはケンタッキーですが。

 安宅さんの『シン・ニホン』に、スターバックスが取り上げられていますよね。タリーズでなくてちょっと悔しかったのですが(笑)。スターバックスというのは、お店の作り方から調理方法、接客にいたるまで、もうやっぱり、システムなんですよね。それでいて、アートもある。

松田氏松田公太(まつだ・こうた)
起業家、元政治家。タリーズコーヒージャパン創業者、EGGS ’N THINGS JAPAN株式会社代表取締役。1968年生まれ。幼少期をアフリカとアメリカで過ごす。筑波大学卒業後、銀行員を経て1997年にタリーズコーヒー日本1号店を創業。翌年、タリーズコーヒージャパン(株)を設立し、2001年に株式上場。2007年、同社社長を退任。同年、世界経済フォーラムのヤンググローバルリーダーに選出される。2010年、参議院議員選挙当選。2016年に議員任期満了後、再び起業・経営者に。Eggs 'n Things他、飲食チェーンの運営を中心に、AIを活用したDX事業、自然エネルギー事業なども手がける。Photo by Teppei Hori

 スターバックスを世界的な規模に成長させたハワード・シュルツさんも、実は創業者ではなく、レイ・クロックさんと同じように、スターバックスを買収しているんですね。アメリカって、おもしろいのは、事業を広げるのは最初の創業者ではなく、多くはそれを買った人なんです。

 素材やアイデアにテクノロジーを加えて、一気に広げる。日本はそこが本当に弱い。特にコロナ禍で痛感しました。ですから、安宅さんがおっしゃっている「未来=夢×テクノロジー×デザイン」の方程式は、間違いなく飲食業にも当てはまると思っているんです。食の分野だけでなく、伝統や芸能においてもです。テクノロジーを活用することで、世界へと広げられると。

安宅 そう思います。私は以前、マッキンゼーにいたのですが、当時、よく言われていたのが、マッキンゼーが世界的なコンサルファームとして躍進した最大のポイントは、シカゴ大学教授だった、創業者のジェームズ・O・マッキンゼー先生が早くに亡くなってしまったことがきっかけになったと。

 その後、マービン・バウワーという若い法律家が引き継いで、「グレイヘア・ビジネス」(※知見を持つ年配者が指南するようなビジネス)をサイエンスに落とし込んだんです。当時、まだそれほど規模が大きくなかったマッキンゼーを、科学的なプロフェッショナルファームへと変えた。年配者のような経験がなくとも、サイエンスでコンサルティングを可能にしたのです。当時、新設されたばかりのハーバード・ビジネス・スクールの中に、卒業生の1部をマッキンゼーへ送り込むシステムも彼はつくっていました。

 これって、今の松田さんのテクノロジーの話とそっくりですよね。それまで、コンサルティングは一種の芸能だったわけです。経験値の高い元経営者といった人たちがアドバイスをするような職業だったものが、科学的な分析を行う職業へと変わる。1930年代にこうした大きな異変が起きたんですね。

松田 なるほど。日本でもよくありますね。著名な弁護士やコンサルタントの名前を冠した事務所が、その方が退いた途端に、消滅の危機にさらされる。後継者を信用して完全に任せるほうが、うまくいくのかもしれませんね。

安宅 創業者の魂は大事にしなきゃいけないけれど、難しいところですよね。

松田 「夢」の部分だけはしっかりと引き継いで、それをテクノロジーやアートワークとつなげて、広げていく必要がある。

安宅 そうですね。マッキンゼーでいえば、科学的な分析という部分が、マッキンゼー先生の魂として残り続けた。

松田 そう考えると、日本企業が伸び悩んでいるのは、創業者が影響力とともに君臨し続けている企業が多いということも要因かもしれません。