当時の会計基準では、親会社から販売会社に在庫を移せば「売り上げ」になりました。そのため、松下は家電製品が生産されると販売会社に、販売会社は販売店に在庫を押し込み販売(=売り上げとして計上)するようになります。
そうなると、不況の始まりで何が起こるでしょうか? 親会社の販売業績は好調に見えても、流通の末端に行けば行くほど在庫が積み上がって経営は苦しくなる。つまり、オリンピック景気の終盤に、押し込み販売で販売店が急速に苦しみ始めていたのです。
苦境を伝える販売店と、それを認めず「売れないのは販売店の責任だ」と主張する松下の営業所長。話し合いは3日間平行線をたどりました。
最後の最後、松下幸之助は、「わかった。悪いのは松下だ」と宣言したのです。
それで、松下幸之助は会長から営業本部長へと肩書を変えました。それからやってくる証券不況では、大手金属メーカーが倒産し、金融機関にも破綻の危機が迫る中、松下幸之助の陣頭指揮で松下電産はその経営危機をなんとか乗り越えることができたのでした。
実は当時、松下幸之助が教える目指すべき事業部の姿は「無在庫経営」でした。在庫が少なければ少ないほど、事業部は経営資金をはやく回転させて生産量を増やすことができる。しかし、その教えには矛盾があったというわけです。
![もし「経営の神様・松下幸之助」が現代の社長だったら…先見性溢れる3つの教え](https://dol.ismcdn.jp/mwimgs/5/1/200/img_51bc5c68c017b5903667f28f294519443125611.jpg)
不況期に松下だけは業績を上げて、パートナーである販売店がばたばたと倒れてしまう直前にあったのですが、その間違いに気づき間違っていたと頭を下げたのが熱海会談というわけです。
「共存共栄」は当時から幸之助の理念だったのですが、そうなってはいないという現実を突きつけられ、それで気づいて頭を下げたところに松下幸之助のすばらしさがありました。
振り返れば、昨今は間違いを認めず責任を他に押し付けるやり方がビジネスの世界にまん延しているように思います。松下幸之助がやってきたことは、時代をはるかに先取りしていたように思います。
松下幸之助の教えはこの三つどころか、根本だけで20項目あります。もう一度松下幸之助から詳しく学んでみたいと思われた方は、ハーバードビジネススクールでリーダーシップ論を教えてきたジョン・コッター教授の『幸之助論』など、松下幸之助の教えを現代的に解釈した書籍を読んでみてはいかがでしょうか?
さて、その松下幸之助さんが設立したPHP研究所から今週、私も新刊を発売させていただきました。それが『日本経済復活の書』です。
現代日本の新たな苦境を乗り切るためには、新しい考え方も必要です。前著『日本経済予言の書』で指摘した2020年代の日本を襲う七つの危機をどう克服するか。こちらもあわせてぜひお読みください。
(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)