「発端は50代ぐらいの男性が改札で切符を詰まらせたことでした。“券詰まり”は切符が曲がっていたり、湿っていたりするとまれに発生するトラブルです。通常なら駅員が対応してすぐに事なきを得るのですが、このときは男性が激高して『この野郎!』と改札を蹴り始めた。私が駆けつけると、『俺は暴力団の一員だ。お前とお前の家族も全員ぶち殺してやるからな!』と脅迫してきたのです。怒鳴られることに慣れていた私も、さすがに恐怖を感じました」

 勤務していた鉄道会社ではトラブル時のマニュアルは特に存在せず、日々寄せられるクレームに臨機応変に対応することが求められたと綿貫さんは言う。

「車内でたばこを吸っている人がいるから来てほしい、と言われたこともあります。運動オンチな私では注意したところでボコボコにされるのでは…とビビりながら現場に向かいました。座っていたのは入れ墨が入った大柄な男性で、仮に暴力を振るわれたら命の危険も感じるような人物。腰が引けてしまった私の横で、ベテランの助役が『電車は禁煙だからたばこ消して!』と恐れることなく堂々と向かっていきました。これがベテラン駅員か、と感動したのを覚えています」

 基本的に丸腰で特別な訓練も受けていない駅員は乗客にナメられてしまうリスクが高い。だからこそどんな相手だろうとひるまず、きぜんとした態度で対応しなければならないのだ。

トラブル対応で大事な
2つのポイント

 そんなトラブルだらけの日々をこなすなかで、徐々にクレーム対応の最適解が見えてきたと言う。

「たとえば乗り越し精算金額の計算は複雑な場合もあり、説明しても納得してもらうことが難しい。そんなときに乗客から『なんでだ、おかしいだろ!』と文句を言われたら、『私もおかしいと思います!』と本音を伝えるようにしていました。乗客の怒りに寄り添い本音で向き合うことで、相手もトーンダウンする。最終的に乗客は納得してくれますし、時には『駅員さんも大変だな』と応援の言葉をいただくことまでありました」

 激怒する相手に謝罪を繰り返しても火に油ということは実際よくあるパターン。まずは綿貫さんのように相手の怒りを全面的に肯定して共感することで、相手が冷静さを取り戻すケースもあるのかもしれない。