その結果、教育的介入を受けた子どもたちのIQは著しく伸び、両グループの間に明らかな差がつきました。ところが、2年間の介入後は両グループ間のIQの差は徐々に縮まっていき、10歳の時点ではほとんど差がなくなってしまいました。このことは、就学前に知的な早期教育を受けることが学力に与える効果は一時的なものに過ぎず、長い目でみるとまったく意味がないということになります。

幼児期から読書になじむと、人間関係能力が高くなる

 ただし、その子どもたちが40歳になったときの状況を調べてみると、就学前に遊びも含めた教育的介入を受けたグループの方が、高校卒業率、収入、持ち家比率などが高く、離婚率、犯罪率、生活保護受給率は低いなど、大人になってからの人生における成功率が高いことが分かったのです。

 こうしたデータをもとに、ヘックマンは、乳幼児期において重要なのは、学力に直接関係する「認知能力」(IQ〈知能指数〉のような数値化できる知的能力)を鍛えることではなく、「非認知能力」をしっかりと身につけることであると結論付けました。非認知能力というのは、自分をやる気にさせる能力、長期的な視野で行動する能力、物事に集中する能力、自分の感情をコントロールする能力、人の気持ちに共感する能力など、学力に直接は関係しない能力です。

 その後の研究でも、幼児期において、我慢する力、衝動をコントロールする力、必要に応じて感情表現を抑制する力など、自己コントロール力が高いほど、大人になってからの健康度が高く、収入が高く、犯罪率が低いことが実証されています。このように幼い頃に非認知能力をしっかり身につけることが大切というわけですが、じつは読書は読解力などの認知能力を高めるだけでなく、非認知能力の育成にも大いに貢献すると考えられます。

 つまり、読書によってさまざまな人の人生に触れることで視野が広がり、たとえ切羽詰まった状況でも、自分の気持ちをコントロールすることができるようになると考えられます。実際、幼児期から読書になじんでいた人の方が、意欲的に物事に取り組めることを示すデータもあります。