事件発生後の数日間、中国のSNSでは「隣有喪、舂不相;里有殯、不巷歌」(古代中国の法と規制を記述した、儒教の古典の一つ『礼記・曲礼上』より)(日本語訳:隣人に喪があれば、舂米(しょうまい)の際掛け声をしない。村に葬祭あれば道で歌わない)を借用し、人の不幸を喜んではいけない、同情心を持つべきだとの主張がたくさん拡散されている。

 安倍元首相のエピソードを交えて、その死を悼む声も散見された。

 例えば、2016年に開催されたG20杭州サミットの際、安倍元首相が宿泊したホテルの部屋に残したという1枚のはがきが当時話題になった。そこに、部屋を清掃したスタッフへ「感謝」と書かれていたからだ。中国では一般的に労働者を見下す傾向がある中、一国の首相がここまで気を使うことは中国の人々にとっては衝撃的な出来事で、今もなお強く印象に残っているようだ。

 また先日、ある日本に住む中国人が、東京都内で選挙演説中の安倍元首相とグータッチの写真や肩を並べて撮った笑顔の記念写真を中国のSNSで公開。「気さくな方だ!辞任した首相とはいえ、普通はあり得ないことだ」といったコメントが多数寄せられていた。

 政治的な立場を除いては、安倍元首相に対して「紳士的な振る舞い、国民に寄り添う姿勢、気さくな人柄」といった好印象を抱いている中国人は少なくなかった。

VPNを通じて
中国国内から多数の追悼メッセージ

 筆者の知人であり、日本で甘蘭牛肉ラーメンの普及に注力する中国人ユーチューバーの劉洋さんは、安倍元首相が死去した翌日に、中国語で「今晩、奈良の事件現場に献花へ行く予定だ。たくさんの友人からも献花を頼まれたが、持てないので、代わりにメッセージをお預かりする。皆さんのメッセージをプリントアウトして現場へ花と共に安倍さんに捧げる」とツイッターで発信した。

 すると、在日中国人のみならず、VPNを使って(注※中国ではツイッターは使えないため)、中国本土から合計600以上に上るメッセージが寄せられた。北京、上海、南京、蘇州、湖南省、安徽省、深セン、瀋陽など中国の各地からだった。劉洋さんの許可を得て、いくつかのメッセージを紹介し、本文を終えたい。

「尊敬する安倍先生、私は、あなたは美しい楽園に行ったのだと思う。そこは害のない場所だ。これからは誰のことにも気を使わなくていい、誰かを喜ばせ、屈辱に耐える必要もないのだ。本当にお疲れさまでした、安らかにお眠りください――大陸・一市民より」

「安倍先生、あなたは優れた政治家だ。世界の平和のため、日中友好のためにご尽力されたことを全て感謝。歴史にあなたの名を銘記する。神様があなたのご家族、あなたの国をご加護するだろう――大陸・一人の高校生より」

「『山川異域、風月同天』(山と川は違っても、同じ風が吹いて同じ月を見る。場所は違っても同じ自然や志でつながっているという意味)、安倍先生、天国でゆっくりお休みください。あなたのことは決して忘れない――上海・一庶民より」
注※2020年に新型コロナウイルスが流行し始めた頃、日本が中国に多くの支援物資を送った中で、段ボールに添えられたメッセージ。当時中国で大きく話題となり、人々に感動を与えた

「草木無言、天地同悲(草木も言葉を失い、天地も悲しんでいる)。生還を祈っていましたが、無念です。ご冥福をお祈り申し上げます――蘭州・一青年より」