「事件の前日に当たる7月7日は、1937年に勃発した日中戦争の発端となった『盧溝橋事件』が起こった日だった。この日や、『満州事変』の9月18日などは、中国で日本への反発が大きくなる。戦争を経験したお年寄りだけでなく、若者においてもナショナリズムが高まっている敏感な時期である」(中国シンクタンクの研究員)

 確かに、筆者はかつて主催している日中介護分野の交流イベントの実施日について、中国側の共催先から、「日本との歴史上で敏感な日の前後は避けたほうが良い」と忠告されたことがあった。7月7日(盧溝橋事件)、8月15日(終戦日)、9月18日(満州事変・柳条湖事件が起きた日)、12月13日(南京事件)などだ。日中の交流行事さえ、気を付けなければならないぐらいだった。

 また、コロナ禍で人々に閉塞感があることに加え、国内のさまざまな事件についてはあまり発言できないことも影響しているようだ。「海外の出来事に対して一種の鬱憤(うっぷん)晴らしというか、政治を娯楽化している側面があると考えられる」と解説する。

「加えて、安倍さんに関しては、これまで何回も靖国神社に参拝したこと、また昨年12月には、『台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある』と発言したことなどが、中国の人々の反発を招いていた」(同研究員)

「心ない声」に中国国内からも批判
事件きっかけに価値観の違いあらわに

 しかし、こうしたネガティブなコメントが主流かというと、そうとも限らない。「日本のSNSで見られる過激な発言と同じように、一部の人の意見ではないか」と研究員は指摘する。

 実は、安倍元首相が銃撃された事件の翌日、筆者がウィーチャットで「安倍さんのことでこれから原稿を書くつもりだ」とつぶやいたところ、思いがけず多くの人からメッセージが寄せられた。

「ネット上で心のないコメントが多いことを一中国人として恥じる。われわれは一体どうしちゃったんだろう?」
「人の死を笑い他者の尊厳に敬意を示さないなんて、決して全ての中国人ではないことをくれぐれも伝えてください」
「政治的な見解が違っても構わないが、人間として慈悲の心を捨ててはいけない」――。

 多くのメッセージの中で、一人の教育者は、「われわれのこれまでの教育が失敗だったと思う。今回の過激な発言をした人の中には、若者が多かったようだ。国の未来を担う若者こそ、いつまでも過去にしがみ付き、憎しみ合うのではなく、普遍的価値観を身に付けるべきなのに。将来が憂鬱(ゆううつ)だ」と語った。

 さらに、今回の事件をきっかけに、自分が普段付き合っている友達との価値観の相違に気付いてしまったと嘆く友人もいた。「ひどいことを言う人は全てブロックした。実は現在、多くの中国人がこの作業を行っている」と話す。くしくも、今回の事件が中国人の交友関係の“メジャー(尺度)”になっているのだ。