政治的な思惑で
調査が進まないプロジェクトも

 古墳の古代骨のゲノム解析ができれば、「日本人はどこから来たのか」という問いへの決定的な答えが出るかもしれませんね。中国大陸から朝鮮半島経由で人が入ってきたから、日本人は漢字を使うようになった。ただ、やまとことば(現地語)をひらがなで表したように、弥生人が縄文人に置き換わったのではなく、交雑・混血していったという流れなんでしょうか。

篠田 そう考えるのが自然だと思います。弥生時代の初期に朝鮮半島から日本に直接入ってきたんだとしたら、当時の文字が出てきているはずなんです。ところがない。最近は「硯(すずり)があった」という話になっていて、もちろん当時から文字を書ける人がいたのは間違いないんですが、弥生土器に文字は書かれていません。一方で古墳時代には日本で作られた剣や鏡に文字が書かれています。

 日本ではなぜ3世紀になるまで文字が普及しなかったのかは、私も不思議だったんです。

篠田 弥生時代の人たちは稲作を行い、あれだけの土器、甕(かめ)なんかも作りましたから、大陸から持ち込んだ技術や知識は絶対にあったはずなので。いったい誰が渡来したのか、その人たちのルーツはどこにあったのかっていうところを解きほぐすことが必要だと思っています。

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 古墳時代に文字を使うリテラシーの高い人たちが大量に入ってきて、ある種の王朝交代のようなものが起きて、『古事記』や『日本書紀』の世界が展開する。縄文から弥生への二段階説ではなく、縄文・弥生・古墳時代の三段階説ですね。

篠田 そうしたことが、おそらくこれからゲノムで読み取れるんだろうなと思います。

 弥生時代、最初に日本に入ってきた人というのは、現在の我々とは相当違う人だったというのが現在の予想です。それを知るには当時の朝鮮半島の状況、弥生時代の初期から古墳時代にかけてどうなっていたのか、人がどう動いたのかをちゃんと調べる必要があるんですが、難しいんですよ。いろいろと政治的な問題もあって。

 国家や民族のアイデンティティーに絡んできますからね。

篠田 現地の研究者との間では「この人骨を分析しましょう」という話になるんですけれども、上からOKが出ないわけです。「今この人骨を渡すのは困る」と。それでポシャったプロジェクトがいくつかあって。なかなか進まないんです。

 政治の壁を突破して、ぜひ調べていただきたいです。朝鮮半島は「吹きだまり」と言いましたが、日本こそユーラシア大陸の東端の島で、北、西、南などあらゆる方向から人々が流れ着いてきた吹きだまりですから、自分たちの祖先がどんな旅をしてきたのかはみんな知りたいですよね。

篠田 ここから東には逃げるところがないですからね。

 次に「日本人の起源」というテーマで本を書くのであれば、5000年前の西遼河流域から始めようと思っているんです。

 朝鮮半島で何が起こったかわからないので今は書けないんですけれども、そこでインタラクション(相互の作用)があって、今の私たちが出来上がったんだというのがおそらく正しい書き方だと思うんですよね。

 それは楽しみです。ぜひ書いてください。