人新世におけるデザインとして、アーティストの思考も参照しながら「ひとつの世界」による「ひとつの未来」から脱することが重要であることを前回は考察した。つづいて今回は、産業、さらには企業など、より具体的な存在がその振る舞いを変え、しばし西洋中心主義的な、単一のイデオロギーに支配された「ひとつの未来」から脱するためにはどうすればいいのかを紐解いていく。「ディープケア・ラボ(Deep Care Lab)」の川地真史氏、「リ・パブリック(Re:public)」の内田友紀氏に、人新世の産業デザインについて聞いた。(構成:森旭彦)

人新世の産業デザインは、人間以外のステークホルダーが鍵を握るPhoto by CHUTTERSNAP on Unsplash

人新世ではすべてに「関係する」産業が求められる

気候変動によるさまざまな資源の枯渇、食糧の不足、難民の発生など、現在の成長モデルのままでは不可避となる人新世の問題に対し、私たちの産業、そして社会はどのようにして代替案を模索していくのでしょうか?「ひとつの未来」から脱するには、現在の視点のままでは痛みばかりが目につきます。

ときに痛みを伴うそうした代替案の模索を人類の祖先、山川草木に動植物、未来世代まで拡張した「ディープ・ケア」という概念で表現し、その社会実装を探求するために活動する団体、「ディープケア・ラボ」を主宰する川地真史氏は、人類が、これまで自分たちには関係のない“外部”だと思いこんでいたものに想像力を馳せることが重要だと話します。

「私たちはこれまで、自然環境や生態系などを、自分たちの外部と捉え、切り分けて考えて生きてきました。たとえば産業では、ユーザーのニーズさえ満たしていれば良いと考え、自然環境や生態系とまっすぐに向き合うことをしてこなかった。しかし、人新世に生きる私たちは、それらに向き合わなければなりません。生態系はもちろん、過去や未来における相互依存関係のすべてをステークホルダーと捉え、産業のあり方を再想像することが求められていくのです」(川地)

これからの産業、さらには人類における創造には、この地球上のすべてに関係し、内包することが求められるということです。しかし、広範なステークホルダーを既存の産業構造に内包すれば、これまでは生じ得なかった対立や利益相反も生まれてきます。これまでの問題解決の手法では、そうした状況に対し、有効な解決策を生み出すことはもちろん、問題を発見することすら困難です。

産業は、「農」へ回帰する

川地氏は、そうした未来における産業では、既存の工学的なアプローチから、「農」的なアプローチへ変化することが重要であると話します。人間と自然を分けて考え、環境負荷の高いものを生み出す従来の工学的なアプローチではなく、まるで農業のように自然の力を活かすことで、生態系を再生するデザインを社会的に採用することが求められるといいます。

「これまでの産業は、人間や、事業の利益のために関係のあるステークホルダーだけを意識してきました。しかし人新世では人間以外のステークホルダーとともに、どのように産業をデザインしていくか、その方法が模索されていく必要があります。その基本となるものが、“農”的なアプローチです。自然の力に多くを依存する農におけるステークホルダーは非常に多様です。人新世における産業は、人間はもちろん、微生物や昆虫など自然も含んでバリューチェーンと考えなければ成り立たなくなります」(川地)

川地氏は、そうした産業の例として、千葉県で酒造業を営む「寺田本家」を紹介しました。寺田本家は「自然酒造り」を掲げ、添加物を使わず、発酵に関係する微生物は「蔵付きの菌」すなわち、蔵に棲まう微生物を用いています。こうした自然と協調した酒造りと、個性的な味わいに注目するファンは少なくありません。また、アウトドアウェアと独自の環境再生に対する取り組みで知られるパタゴニアの食品事業で、寺田本家の日本酒が発売されています。

「農的なアプローチでは、自然界のステークホルダーを、ものづくりのための“共同のデザイナー”とみなすわけです。それらを製品の品質が安定しないからといって排除せず、ともに未来を考え、つくっていく関係性の中で捉えていく。たとえ微生物であっても、それらは醸造においては“専門家”なのです」(川地)

川地氏の話す「農的」の真意は、これまでの産業のモデルでは「外部」だと捉えられてきた自然の要素を内部化していくプロセスです。川地氏は今後、利害を伴う多様なステークホルダーと協働するアプローチを模索し、社会に広く実装していくことが、人間活動における主たる営みのひとつになるべきだと話します。

「まだまだ人新世におけるデザインは、従来のデザイン思考のような汎用性のあるプロセスを明示することはできません。そもそも汎用的な型は存在しえないかもしれない。しかし、さまざまな相互依存関係に目を向け、痛みを伴うかもしれないけれど、これからは生態系も含めた複雑な関係性の中に産業を位置づけ、再想像することが必要だと提案し、実践することは重要だと感じます。現在ディープケア・ラボでは、フィクションやロールプレイなどの手法を用いながら、行政や企業へ知見を提供し、協働することから始めています」(川地)

企業は世界観の乗り物になる

持続的なイノベーションを生み出すための社会のエコシステムの探索を、企業や自治体、研究機関とともに推進する“シンク・アンド・ドゥ・タンク”、「リ・パブリック」の内田友紀氏は、実際の企業と関わりながら、ステークホルダーの拡張をいかに推進していくかを模索しています。神戸市と共催したイノベーション創出プログラム「プロジェクト・エングローブ」を通して見えてきた、「世界観の乗り物」としての新しい企業像について話します。

「これからの企業が存在意義を持つ上で、社会における存在目的 “パーパス”がいかに描けるかの重要性が、現在議論されています。川地さんの話にあるように、企業は現在の自社の経済活動を拡大し、自然をコントロールする存在から、さまざまな相互依存関係者とともに、多様なアプローチを組み合わせながら社会への意義を高めていく存在への転換を求められています。そしてその中で企業に重要になるのは、ビジネスモデルのみならず、ストーリーテリングの力です」(内田)

そして内田氏は、「そうした転換のための試行錯誤は、事例としてあがったパタゴニアのようなグローバル企業だけでなく、地域の企業からも始まっている」として、神戸でコーヒーの販売業を手掛ける「株式会社アルタレーナ(ALTALENA)」を例に挙げます。世界のコーヒーの年間消費量は5000億杯、そして日本は世界で4位のコーヒー消費国だといいます(参照:食品産業新聞社 2021.9.30)。しかし気候変動の影響で、2050年には地球上でコーヒーの生産できる場所は半減します。アルタレーナは、2050年の人類がコーヒーを楽しめる未来をつくることを目標として活動する企業です。

「アルタレーナはコーヒー産業のCO2排出量を調査し、そのインパクトを減少させるための取り組みを進めています。たとえばコーヒーの残渣は、土壌に還元することで炭素排出抑制効果を発揮することが科学的に知られています。同社は複数社と協働することでコーヒー残渣のボリュームを確保し、さらには他地域の炭素化技術のある企業と連携。自治体への制約解除も働きかけながら、地域コーヒー循環モデルを全国へ広げることを目指しています」(内田)

日本のひとつの地域企業でできることは限られるように思うかもしれませんが、ビジョンに共感し、複数の主体が参加した時に、シナリオは大きく変化します。時間(近・遠未来)と空間(人、組織、非人間)を越えた想像力をもち、未来の価値観で判断した時に、既存の枠組みをどのように再構築していくべきか。その仮説をもとに行動し続けていくことが、「世界観の乗り物」としての企業のあり方だと内田氏は話します。

「アルタレーナは資源と廃棄物を同等に捉え、炭素化技術、行政などと連携することで、珈琲販売事業の枠組みを超えて農業など他産業との連鎖的な利益を促そうとしています。始まったばかりですが、珈琲文化が根づく場所・神戸から、地産地消を超えたインパクトを目指す姿に、ローカルデザインのオルタナティブとしても新しさを感じています」(内田)

人新世では、すべての人間活動において、ステークホルダーとの関係性は捉え直しを迫られます。その中で産業も、企業も大きく変わっていきます。その変化を可能な限りポジティブなものにしていこうという動きが、日本でも始まっているのです。

川地真史
Deep Care Lab 代表/公共とデザイン 共同代表
Aalto大学CoDesign修士課程卒。web系事業会社、デザインコンサルティングを経て独立。その後フィンランドにて行政との協働や持続可能性へ向けたプロジェクトを行う。ワークショップやツールデザイン、共創プロセスを活かし、“他者関係からわたしをつくる”ことをテーマに、わたしを超えた他者とともに生きるための想像力をはぐくむ思索・実践をすすめる。
内田友紀
都市デザイナー / Re:public Inc. シニアディレクター
早稲田大学で建築を学び、イタリア・フェラーラ大学大学院にてSustainable city designを修める。2013年、創業メンバーとしてリ・パブリック参画。2020年、YETとして都市デザイン分野での活動をスタート。ビジョン構築、組織・事業開発、コミュニティデザイン等を通じて、市民・企業・自治体・大学らと持続可能な地域社会に向けたエコシステムの構築に携わる。愛知県立芸術大学非常勤講師。内閣府地域活性化伝道師。グッドデザイン賞審査委員。