前立腺がん検診という「過剰診断」も

「わかりやすいのが、多くの男性が受けている前立腺がん検診です。これはPSAという前立腺がんの可能性がある人を見つけるためのスクリーニング検査なのですが、諸外国ではかかりつけ医に相談をして個々に判断をします。日本のように一律で集団検診をしている国はありません。しかも、日本でもこの検査は国の指針に基づかない検査という位置付けです。なぜかというと、このがんも検診による死亡率減少の大きさが相対的に小さく、検査することの利益を不利益が上回っているからです」(祖父江教授)

 前立腺がんの確定診断のためにバイオプシーという器具を肛門に入れて組織を採取するのだが、その過程で出血や感染症の恐れもあるという。また、「前立腺がんの可能性がある」という結果が出た後も、命に別条はないにもかかわらず、その事実を背負っていくのは大きな精神的負担だ。

 このように明らかな「過剰診断」の傾向があるにもかかわらず、前立腺がん検診は広く普及している。泌尿器科系のクリニックの中には、「40代になったら定期的に検査を受けましょう」と呼びかけているところもある。

 なぜこうなってしまうのかというと、こちらも福島の甲状腺がん検査と同じく“善意”によるものだからだ。検査をして、がんを早期発見をすることは絶対良いことだと検診を推進をした結果、「過剰診断」になってしまっているのだ。

 例えば、国立がん研究センターが発行している「全国がん検診実施状況データブック2021」の中には、都道府県ごとのがん検診の実施状況がまとめられている。その中で、「指針以外の何らかの部位で検査を実施した」という項目の中には「前立腺がん検査」の実施状況もある。

 これによると、岩手県は100%となっている。福島県も94.9%と多くの人が検査を受けている。しかし、東京都では53.2%、大阪府では44.2%と半分ほどになって、滋賀県では5.3%とほとんど実施されていない県もある。同じがん検診なのに、なぜこのようなバラツキが生まれるのか。

「やはり大きいのはその地域の医師会の中に、がん検診に対して積極的な先生がいることです。指針に基づかない検査であっても、やらないよりもやった方がいいだろうと考えて、積極的に検診をしている。もちろん、そちらの方が多くの人の利益になると思っているからです」(祖父江教授)

 われわれは「健康のためには、がん検診というものはやればやるほどいい」というようなイメージを抱いているが、実は日本は「指針に基づかないがん検診」があまりにも多いため、OECD(経済協力開発機構)から数を減らすように勧告を受けているほどだ。