「甲状腺がん」発見により、子どもが被る不利益

 国連の報告書の見解に不満を感じる人も多いだろう。仮に超高感度な検査のせいだとしても、これだけ多くの子どもが甲状腺がんになっている事実は変わらないのだから、さらなる検査をして、事故と健康被害の関係を科学的に解明すべきだ。そのように主張されている専門家もいる。

 ただ、がん検査や疫学調査の専門家らの中には、このスクリーニング検査が結果として、子どもたちのその後人生に不利益をもたらしていると警鐘を鳴らしている人も少なくない。大阪大学大学院医学系研究科の祖父江友孝教授(環境医学)もその一人だ。その真意について、祖父江教授に話を聞いてみた。

「一口に“がん”と言っても、非常にたちの悪いものとそうではないものがあります。前者は早期発見・早期治療をしなくては命に関わるもので、肺がんや胃がんなどがこれにあたります。一方、後者は早期発見しなくても命に関わることはほとんどないもので、その代表が甲状腺がんなのです。

 例えば、甲状腺がんはリンパ節に移転します。そう聞くと、胃がんのように全身に転移するような恐怖を感じるでしょうが、甲状腺がんの場合、転移した先で何十年もじっとしている。実際、甲状腺がんがリンパ節転移した場合の5年生存率は95%です。このようながんを子どもの時に見つけることに、一体どのような利益があるのか疑問です」(祖父江教授)

 命の危険が少ないからといって“がん”であることには変わりないのだから、悪さをしない段階に発見して治療をした方がいいに決まっている――。そう思う人も多いかもしれないが、実は未来のある子どもたちに「悪さをしない甲状腺がん」を見つけてしまうと、思わぬ「不利益」があるという。

「まず大きいのは、住宅ローンを組むことが難しくなります。これは要するに、がんの既往歴があるため、ローンを組む際の生命保険の審査が通りにくくなることです。これから人生設計をしていこうという若者にとって、これは大きな不利益でしょう」(祖父江教授)

 もちろん、一般的な団体信用生命保険は、がんの既往歴があっても、完治から3年以上経過していれば告知をしなくていいというルールもある。また、今年1月にはカーディフ生命が日本で初めて「がん既往歴があっても加入できる、がん保障特約付き団体信用生命保険」をリリースするなど徐々に「がん既往歴」への条件は緩和されている。

 しかし、この保険でもまだ「その他体況等と合わせてご加入可否を当社が判断いたします」とあるように、既往歴のない人に比べて、厳しい審査がなされているのは紛れもない事実だ。命の危険もない、悪さもしない甲状腺がんなら、検査をしないでその存在を知らないまま生きていた方がはるかに「利益」がある。