「かわいくない方の天然」に生まれてしまった悲劇

 そうなのだ。「天然」にはもう一つの分類の仕方がある。それはずばり「かわいい方の天然」と「かわいくない方の天然」である。そして私は「かわいくない方の天然」なのだ。これはタチが悪い。本当にタチが悪いというか、損である。非常に損である! もうやめたい。やめてしまいたい。誰かこの「かわいくない方の天然」を脱する方法を教えてくれ! でも無理なのだ。これは「かわいくない方の天然」として生まれてしまった私の宿命なのだ!

 なら私のどこが天然なのか。「天然は自分が天然であるということを自覚していない」という理論を逸脱している私は本当に天然なのか。いや、天然なのだ。だって自分が天然だということを自覚していないのだから。そのときは。

 私は今でこそ「自分は天然的行動をとることがたまにある」と自覚するようになったが、もともとは「天然になりたい」と思う程度には天然であることを自覚していなかった。むしろ自分は真っ当な人間だと思っていた。私ほど常識や周りの目を気にする人間はいないと思っていた。

 でも何も考えずにいたある日、悲劇は起きた。それは就活中のグループディスカッションでの出来事だった。

 私は就活生のとき、住宅系の企業のインターンシップに参加していた。結構時間をかけるインターンだったと思う。学生数人でチームを組み、その会社の人事担当にプレゼンをした。学生ながらに色々なアイデアを出し、最後には涙が出てくるほど熱狂した。そんなグループディスカッションの終わり、反省会をメンバーでしていた時である。稲妻のような衝撃が、私の脳天を貫いた。

「さきちゃんって、KYだよね」

 KY。

 けー、わい?

「えーと、それって」
「うん。空気読まないよね」

 にわかには、何を言われているのか、さっぱりわからなかった。

「っていうか、天然?」

 うんうん、わかるわかるー。などと私が天然で空気が読めないという話題で盛り上がるグループの中で、「マジで? ごめんごめーん、そうとは知らなかったわー」などと明るく言うほど強靭な精神を私は持ち合わせていなかった。

 青天の霹靂、寝耳に水。いやもう水どころか、ぐっすり熟睡している鼻の穴にホース突っ込まれてブッシャーと濁流を注ぎ込まれたような気分だった。目の前が真っ暗になった。そのあとどうやって家に帰ったかは覚えていない。でも帰るなり私は、母親にこう詰め寄った。

「ねえ、私って空気読めないの!?」
「は?」

 いきなりそんなことを言われた母親は驚いた顔をして私を見ていた。

「私って、天然!?」

 けれどそう言うと、何かに納得したようにあー、と声を漏らす。

「たしかに、天然なところはあるよね」
「えっ!? どこが!?」
「いや、ほら、たまにあるじゃん? 変なことするときとか、抜けてるときとか」

 衝撃だった。何も思い出せない。変なことをするとき? おかしなことをするとき? 抜けてるとき? 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。そんなはずはない。私は常識人であり空気が読める人間のはずだ。周りと歩調を合わせていける人間のはずだ! 私が天然だなんてそんなことあるはずがない! だって天然ならもう少し得をしているはずじゃないか! 得をしていないどころか損ばかりしている私が天然だなんておかしい!

 でもおかしいのは私の方だった。

 その事実に気がついたのは、その日の夜だった。

「あんた……。ほら、天然ってさ、そういうところだよ」

 疲れ切った私があったかい風呂に入浴剤(バブ的なやつ)を入れたあとのことだった。湯加減をチェックしにいった母がそう言いながら居間に戻ってきた。

「え? どういうこと?」
「あんた、入浴剤のビニール破かないで、そのままお風呂に入れてたよ。これでお湯に溶けると思ったの?」

 母親の手の上には、ビニールに包まれたままの入浴剤が乗っていた。

 あれ、と思った。私はどうしてそのまま入れちゃったんだっけ。いや、そうだ、思い出した。

「いや……お湯に入れるとビニールが溶ける系の入浴剤かと思って」
「いやいや、そんな入浴剤ないわよ」
「ほら、ボンタンアメみたいに溶けると思ったんだもん」
「……」

 呆れた目で母親が見ていた。

「これで間違えて入れちゃっただけなら普通のドジな子ってだけだけど、あんたは本気でそれで合ってるって思ってるところが天然だよね」

 ああ、なるほど。そういうことか。そういうことか!!!

 すべての糸が繋がったような気がした。なるほど、なるほど、なるほど! 今までのあれはそういうことだったのか! 高校生のとき、ゴマだれしかないしゃぶしゃぶ屋さんに「ポン酢ありますか?」と聞いてしまった時のあの微妙な顔は。父親と母親がけんかしたとき、よかれと思って父親に「お母さんもうお父さんの顔を見たくないって」といった時のあの父親の切なそうな顔は。あれはそうか。そういうことだったのか! あのとき変な空気になったのは私がKY的行動をしていたからだったのか。そうか。私は天然だったのか!

 驚いた。

 もう本当に驚いた。青天の霹靂VER 2.0。鼻の穴どころか、もはや寝ている最中に簀巻きにされて多摩川に放り込まれた気分だった。

 私は天然だったなんて。こういう天然も存在するなんて。しかしなんて損なんだ。天然なのに誰からもかわいがられない。「まーさきちゃんだから仕方ないよね~」なんて言われたこともない。「ただの迷惑な奴」なだけの天然だなんて。こんなに「かわいくない方の天然」だなんて! いらないよ。そんな天然いらないよ!

 泣きそうになった。今までの自分の行動に疑いを抱いていなかった私自身のことも情けないと思った。なんということだ。もういやだ。やめてしまいたい。せっかくなら「かわいい方の天然」になりたかった。いや、天然の要素ならあるのだから、なれるんじゃないか? 今から変更はきかないのだろうか。