頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。

遅考術Photo: Adobe Stock

陰謀論が絶えない、ケネディ暗殺事件

 1963年に起こったジョン・F・ケネディ米国大統領の暗殺事件をめぐる陰謀論は、現在も熱心な信奉者が多く、日本でもよく知られている。

 その背後には、軍産複合体、CIA、あるいはマフィアや宇宙人、影の政府による暗殺計画など、いくつかのバリエーションが存在する。

 24歳のリー・ハーヴェイ・オズワルドが、たった一人で狙撃を成功させたことや、彼が事件直後に死亡したこと、捜査資料が完全には公開されていないことなど、確かに不可解な点はある。

 それらに加えて、国民の希望を背負った若き大統領の突然の衝撃的な死が、さまざまな憶測を呼び、現在あるような陰謀論を形づくることになった。この事件の背後にどんな「陰謀」があったのかは、いまでもホットな議論の的であり続けている。

陰謀論がうまれない事件もある

 一方で、同じく米国大統領の暗殺でも、1981年に起こったロナルド・レーガン大統領銃撃事件はどうだろうか。レーガンが一命を取りとめ、この暗殺は失敗に終わった。

 犯人は、映画『タクシードライバー』に出演した女優に抑えがたい憧れを抱き、何とかして近づきたいと思った。同作には、主人公が次期大統領候補の暗殺をもくろむシーンがあり、似た事件を起こせばその女優の気を引けると考えたのだ。

 ところで、この暗殺未遂事件について陰謀論はほぼささやかれず、映画化もされていない。

 このように、陰謀論という点から見ると、この2つの事件では、扱いが大きく異なる。その理由はなんだろうか?

陰謀論者が好む思考とは?

 まず、ケネディ暗殺の陰謀論には思弁性(乏しい証拠を点と点で繋ごうとする)や秘教性(「自分だけが隠された事実を知っている」と思いこむ)が見てとれる。たとえば、参照できる捜査資料が乏しいからこそ、CIAのような諜報機関や、宇宙人や影の政府の仕業などという話を作り上げてしまう。

 軍産複合体黒幕説は、ケネディがベトナムからの軍の完全撤退を計画し、それが自分たちの利益を損ねるため、阻止しようと暗殺したというものだ。これも当時のアメリカの状況から、奇妙なストーリーを思弁的に紡ぎ出している例である。もっとも、ベトナムに関するケネディの政策はそう単純なものではなかったそうだ。その点で事実と合致せず、アマチュア的な発想にもとづく説である。

 そしていずれのストーリーも、強力な存在の意図を想定しているのがわかるだろうか。軍産やCIAや宇宙人のことだ。

 若き大統領の暗殺という途方もない事件を、一介の青年が、たまたま首尾よくやってのけただけで済ませたくはない。大事件には、その重大さに見合った意味や特別な意図の存在があるはずだ。ここに、前近代性、そして過大な意味づけ、といった陰謀論的思考に特徴的な傾向が表れている。

 もう一つのレーガン大統領のケースは、未遂に終わったから、ケネディ暗殺ほどの重大事件ではないし、どんな理由で起こったのかも明らか。だとすると、わざわざ強大な黒幕が裏で操っている話にする必要もない。

 これは、直観心理学の働きによる。レーガン銃撃の場合は、変な意図ではあるにせよ、犯人の行動を理解するのに不足している点はない。

 対してケネディ暗殺の方では、犯人の意図は明らかではなく、しかもはるかに重大な事件である。だからこそ、そこを陰謀で埋めて、たとえ荒唐無稽なストーリーになるにせよ、何とかその意味を理解しようとする

大事件には、大きな理由を見出したくなるわけ

 そしてさらに、代表性バイアスも働いているといわれる。人物像などについて、実際の可能性よりも、いかにも当てはまりそうなイメージの方を優先しがちになる、というのが代表性バイアスである。

 心理学者のロブ・ブラザートンら(※1)によると、出来事や事件の因果関係についてもこれは生じる。「重大な結果は特別な原因とセットになっている」というのが、典型的イメージ(ステレオタイプ)として抱かれることが多いそうだ。

 ささいな原因から重大な結果が引き起こされることも、普通にあるにもかかわらずだ。

「ケネディ大統領暗殺くらいのショッキングで歴史的な事件だと、背後にある巨大な陰謀が原因になっているはずだ。そうじゃないと釣り合わない。」そう考えてしまうのである。

「人に優しい」陰謀論

 以前、他の場所で「『人に優しい』陰謀論」と書いたことがある。(※2)

 これは、「科学が『人に厳しい』のとは対照的」という意味だ。複雑な現象や出来事をきちんと検討するための専門的で科学的な知識や方法は、直観に反することも多く、簡単には身につけられない。

 これに対し、陰謀論はそれらを全部スキップしても、物事の深い真実を理解した気にさせてくれる。でも、まさにそこに罠があるのだ。

(※1)Brotherton, R. and French, C. C.(2014). Belief in conspiracy theories and susceptibility to the conjunction fallacy. Applied Cognitive Psychology, 28.
(※2)植原亮「陰謀論(2)『人に優しい』陰謀論」『文部科学 教育通信』508号、2021年

(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』を再構成したものです)

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植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。