頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。

遅考術 じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」Photo: Adobe Stock

賢い人ほどひっかかる問題、とは?

 人間の頭には「連想マシン」という側面がある。私たちの知識は他の無数の知識と結びついたネットワーク的な構造を形づくっているからこそ、連想という方法で物事をまとめて自動的に思い出せるようにもなっているのだ。

 それは大きなメリットだが、ひっかけ問題にひっかかる原因にもなる、という例を見ていこう。
 いい意味で賢い人ほどひっかかる、次の問題を考えてみてほしい。

Q. ヤマトタケルノミコトは、ヤマタノオロチの首を何本切り落としただろうか?

思い込みから逃れるために、「遅く考える」

 ヤマタノオロチは、首が8本ある大蛇だ。氾濫する川の象徴で、退治したという神話は治水事業の歴史を反映しているともいわれている。一見すると答えは、首を全部切り落としたとして、素直に「8本」になりそうだが、本当に正しいのか?

 何かすぐに思い浮かんだとしても、それに飛びつくのをぐっと我慢して踏みとどまれることが、思考のエラーをなくす、遅く考える出発点である。そのためには、「その考えは正しくないのではないか」という否定の問いを立ててみるのが、有効な手立ての一つとなる。

 それを確認するためには、否定疑問文を作ってみるとよい。

 まずは「ヤマトタケルが切り落としたヤマタノオロチの首の数は8本だ、ということはないのではないか?」という形で考えてみる。それから、否定についての以前の回の解説にもとづいて、もう少し文を変形させてみよう。間違っているのが一か所だけだと想定すると、次のようなことが考えられる。

・ヤマトタケルが切り落としたヤマタノオロチの首は、8本ではないのではないか?
・ヤマトタケルが8本の首を切り落としたのは、ヤマタノオロチではないのではないか?
・ヤマタノオロチの首を8本切り落としたのは、ヤマトタケルではないのではないか?

正解は――

 ここまでくると、気づいた方も多いのではないか。実は、この問題はそもそも少し変なつくりになっている。ヤマタノオロチを退治したのは、ヤマトタケルじゃなくてスサノオノミコトだからだ。

 実はそこがひっかけポイント。スサノオが出雲の国で暴れていたヤマタノオロチを退治したら、尻尾から剣が出てきた。それが伊勢神宮に祭られていたのを、あとでヤマトタケルが手に入れることになった、それが草薙(くさなぎ)の剣。ヤマトタケルが出雲にくる話もあり、何となくスサノオと混同する人が出てくる。

 なので、この問題の答えは……「0本」ということになる。

まずは、いったん否定することから

 このように、自分の知識や考えを「それが正しくないかもしれない」と、まずはいったん否定してみるのが、思考のエラーを減らすためには大切だ。知識を勘違いや思い込みなく使うためには、物事をじっくり丁寧に考える必要がある。そのためには、「遅く考える」ことが有効なのである。

 何かすぐに思い浮かんだとしても、それに飛びつくのをぐっと我慢して踏みとどまり、「遅く考える」ようにしてほしい。

(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』を再構成したものです)

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遅考術』には、情報を正しく認識し、答えを出すために必要な「ゆっくり考える」技術がつまっています。ぜひチェックしてみてください。

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。