現時点で、国民1人当たりが利用できる淡水の量は、中国は世界平均の4分の1にすぎないと考えられている。ただし、中国では南北格差が大きい。北部の1人当たりの量は世界平均の10分の1程度だと見られており、北部では水不足が常態化している(日本も世界平均の半分以下で、一般的に考えられているほど、水に恵まれているわけではない。日本においても水不足への備えは重要課題だ)。

 このことは、中国共産党においても克服すべき課題として毛沢東時代から意識されており、南部から北部に水を送る「南水北調プロジェクト」が長年進められてきた。生活用水や農工業用水の確保のために、中国ではわずか50年のあいだに8万5000という想像を絶する数のダムが建設された。そのおかげで長年中国を悩ませてきた慢性的な水不足が解消されて、農業灌漑はもちろんのこと、工業用水が確保できるようになり、「世界の工場」として世界第2位の経済力を手に入れることになった。

 だが、この急激な工業化が中国の水不足に拍車をかけることとなった。工場に必要な水だけではなく、資源開発にも大量の水が必要であり、発電においても石炭火力であろうと原子力であろうと大量の水が必要になる(ただし、多くの原発が海岸付近に作られて、海水を冷却水として利用している)。また、環境基準が甘いままに工業化を進めたために水質汚濁も急激に進み、飲用水にできる淡水もどんどん減っていった。

 ダム建設のために強制移住させられた住民は公式発表で3000万人にも上っている(実際はその倍はいるのではないかと主張する専門家もいる)。人民の生活向上のためとはいえ、伝統文化を抹殺された地域はかなりの数に上ると考えられる。

 さらに、ダム建設は新たな問題を生み出した。たとえば、中国北部を代表する大河である黄河はダム建設以降、水量が激減して、「中国北部の食糧庫」ともいうべき華北平原では農産物の育成期に水が手に入らない事態に見舞われた。

 農家は地下水のくみ上げでこれに対応した。地下水には、雨が流れ込む浅い帯水帯と、流れ込まない深い帯水帯の大きく二つがある。当初は浅い帯水帯からくみ上げていたが、それが足りなくなると深い帯水帯からもくみ上げるようになって地盤沈下が起こり、華北平原の「砂漠化」が進んでいる。

 水量低下とともに工業化による水質汚濁が進んだことで、住人の飲用水の地下水からのくみ上げが年々難しくなっている。それにもかかわらず、北京など大都市の人口は増加し続けているのである。