2000年頃に始まる西部開発では、西部から沿岸部に電力を送る「西電東送」や、新疆ウイグル自治区(東トルキスタン)の天然ガスを上海までパイプラインで送る「西気東輸」、青海省とチベットを鉄道で結ぶ「青蔵鉄道」などの建設が進んだ。また先述の「北水南調」も西部に関わるプロジェクトである。

 開発が進むごとに、高層マンション建設などの宅地化や工業化が進み、チベット高原に住んでいたいくつもの少数民族が離散した。また、水がきれいだったチベット高原でも工場排水や生活排水によって水質汚濁が深刻化する一方で、温暖化によって水量低下が起きている。このままだと黄河や長江にも影響が出る可能性が高い。

「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の2007年の報告書では、ヒマラヤの氷河は早ければ2035年までに消滅する可能性があると指摘されている。

 この指摘には異論もあるが、いずれにせよ氷河が縮小しているのは間違いなく、これまで中国やインドを潤してきた大河の水量や水質に大きな影響を与える可能性がある。2030年までにチベット高原を基点とした深刻な水危機が起こる可能性は高まっていると見るしかない。

中国の水危機が引き起こす
世界的食糧不足と移民激増

 環境悪化と水使用量の激増によってひそかに水危機が進行していることを、中国政府は長年隠蔽(いんぺい)してきた(あるいは見えないふりをしてきた)。それどころか、中国政府は食糧自給率を上げるために農地を拡大し、かたや世界中から工場を誘致して水使用を激増させ、水質汚濁を進めて、使える水を積極的に減らしてきた。

 その結果、華北平原を含む長江以北の水不足が深刻さを増している。この地域には10億人が暮らしており、水不足がこれ以上深刻化すると、人民の生活に支障を来すのみならず、電力不足で産業の生産性が低下し、水を巡る抗議運動や争いが頻発する可能性がある。

 また、中国の農産物などの生産量が激減すれば、中国国内にとどまらず、世界的な食糧不足に発展しかねない。たとえば、世界一の小麦生産量を誇る中国で水危機が起こって小麦生産が激減すれば、世界で小麦の争奪戦が起こり、途上国で飢饉が起こる可能性がある。