母は「見当識障害」と呼ばれる症状が顕著だ。私たちは普段、今日が何月何日で何曜日かを当たり前に覚えていられる。そして翌日になれば、特に確認をしなくても、昨日に1日プラスした日時であり曜日だと分かる。さすがに何時何分かは時計を見ないと分からなくても、「だいたい午後4時頃だろう」といった見当はつく。
その機能が失われてきた母は、日付も曜日もなぜだか間違って認識してしまい、特に通院予定や美容院の予約などを入れていると、今日もしくは明日がその日だと思い込んで行動してしまうことが相次いだ。周囲に迷惑をかけてしまうことも度々あり、「タクシーを呼んで病院に向かう前に、ちゃんと日にちを確認してっていつも言ってるじゃない」と、つい強い口調で責めてしまった。
スマホに電話をかけても応答できないことが増えた。応答アイコンを上にタップする必要があるのだが、その操作を何度説明しても覚えられない。以前は友人にLINEで写真を送ることもできていたのに、今はアドレス帳からかけたい相手を探すこともおぼつかなくなった。
リモコンのような多数のボタンがあるものも苦手になっていた。文字が読めないわけではないのに、何を押せばいいのか分からなくなる。おそらく実際に自分が同じ状況にならなければ、母に見えている世界がどのようなものか理解することはできないのだろう。頭の一部に、もやがかかっているような状況なのだろうか。あるいは自分は普通に暮らしているだけなのに、娘や周囲から「間違っている」「なぜすぐ忘れるのか」と理不尽に責められ否定され続けている感じなのだろうか。「情けない」と涙する母の姿に、「何とかできないものか?」と私も真剣に悩んだ。