SNSが社会を分断させているというのは、いまやあらゆる議論の前提になっている。だが、それは具体的にはどういうことなのか。それを論じたのが、計算社会学者クリス・ベイルの『ソーシャルメディア・プリズム SNSはなぜヒトを過激にするのか?』(松井信彦訳、みすず書房)だ。

 計算社会学というあまり聞いたことのない学問分野は、Web経由で入手可能になった消費者・ユーザーの行動やコミュニケーションの大規模なデジタルデータセットを使って、人間行動や社会現象を定量的・理論的に解明しようとする試みだ。AmazonやNetflixのおすすめ機能は、ビッグデータとAI(人工知能)を活用してユーザーの嗜好を先読みするが、その理論的基礎を提供する学問ということもできる。

社会の「偽りの」分極化は、「少数の過激主義者がより穏健な大多数を代表する」SNSによって急速に広がっているPhoto:metamorworks / PIXTA(ピクスタ)

 原題は“Breaking The Social Media Prism; How to Make Our Platforms Less Polarizing(ソーシャルメディア・プリズムを壊せ わたしたちのプラットフォームを分極化させないには)。

SNSのフィルタリング機能によってユーザーが好むものだけを見る「エコーチェンバー(反響室)」が起きる

 SNSは高精度のフィルタリング機能によって、ユーザーが好むものだけを提示する。保守かリベラルかにかかわらず、政治的な議論では、これによって自分が属する党派のニュースだけに触れることになってしまう。これが「エコーチェンバー(反響室)」で、イデオロギーのタコツボのなかで参加者がどんどん過激化し、最悪の場合は陰謀論に至る。こうした負の連鎖を断ち切るには、ユーザーをエコーチェンバーから連れ出して、異なる意見に触れられるようにしなければならない――とされる。

 これが「エコーチェンバーの伝説」だが、はたして正しいのだろうか。それを知るためには、「ソーシャルメディア・ネットワークが政治的信条に影響を及ぼすのか、あるいはそもそも政治的信条の方がつながる相手を求めているのか」という因果関係を調べてみなければならない。

 そこでベイルは、ネットで募った協力者1220人に、各自の政治的信条や政治行動に関するさまざまな質問に答えてもらい、民主党寄り(リベラル)か共和党寄り(保守)かを判定したうえで、Twitter上で幅広い意見に接触できるようデザインしたボットをインストールしてもらった。参加者が知らされていなかったのは、ボットが対立する党派のニュースをRTするよう設定されていたことだ。これによって共和党支持者はリベラルな政治家やメディアのメッセージを、民主党支持者は逆に右派やトランプ支持者のメッセージを目にすることになった。

 エコーチェンバー説が正しいとすれば、ボットによってタコツボから引き出されたことで、参加者は異なる意見に触れ、より中道寄りになるはずだった。だが結果はまったく逆で、対立する党派の見解に接触した参加者は穏健になるどこらか、それまでの意見が強化されたのだ。

 具体的には、民主党派ボットを1か月フォローした共和党支持者は、調査開始時よりも際立って保守的な意見を表明した(ボットに注目していたひとほど、より保守的になっていた)。一方、共和党派ボットをフォローした民主党支持者も平均するとリベラルの度合いを若干強めたが、その効果は統計的に有意ではなかった。

 この効果は、人種、性別、年齢、都会暮らしか田舎暮らしかなど100を超えるどの変数とも関係がなかった。「エコーチェンバーの伝説」にはなんの根拠もなかったのだ。

 なぜこんなことになるのか。それを知るためにベイルは、ニューヨーク北部の小さな町に暮らすパティという63歳の女性にインタビューした。パティがSNSを使いはじめたのは最近で、政治がらみのニュースはほとんど読まず、選挙では民主党に投票するものの自分の政治的立場は中間で、保守でもリベラルでもないと述べていた。

 だが保守派のメッセージをRTするボットをフォローしたところ、パティの意見は大きく変わった。初回のインタビューでは、自身をわずかに民主党寄りの「中間」と形容していた彼女は、ボットを1カ月フォローしたあと、自分は「確固たる民主党派」だと述べるようになったのだ。

 パティは当初、トランプについて「彼のことは嫌いです。むかつきます。彼は大統領らしく振る舞わなければなりません」と述べていたものの、移民問題については保守的で、トランプが任期の最初の2年で経済を上向きにさせ、雇用を新たに創出したことを評価していた。

 だが1か月後、メキシコとの国境に大規模な移民のキャラバンが迫っていることについて、パティは「キャラバンなどそもそも存在しない」というリベラル派が唱える陰謀論を信じていた。キャラバンは国境の壁への支持を集めるためのでっちあげで、「トランプ政権は無意味だと知りつつ蒸し返してばかりで。同じことをいつまでも大げさに吹聴するんです、とにかく怒らせるために」と述べたのだ。

 パティにいったい何が起きたのか。ベイルは、政治的にナイーブな層がエコーチェンバーを出ると、相手側の中道のメッセージではなく、ごく少数の極端な主張に注目し、それを自分のアイデンティティへの攻撃だと見なすようになるからだという。穏健なリベラルだったパティは、反リベラルの過激な主張(ヘイト)に触れたことで、「今や戦争の真っ最中で、どちらに付くかを決めなければならない」と考えるようになったのだ。