・米国の熱波の頻度は1900年と変わらず、同じく米国の最高気温はこの50年間まったく上昇していない
・過去100年間、人間はハリケーンに明確な影響を及ぼしていない。
・グリーンランドの氷床の縮小スピードは80年前と変わらない。
・人間が引き起こす気候変動の最終的な経済的影響は、少なくとも今世紀末までは最小限にとどまる。

 こんなことを大真面目に主張したら、「気候変動否定論者」にちがいないと思われるだろう。だがこれは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)や全米気候評価(NCA)など、気候変動を議論する際にもっとも信頼性が高いとされるデータに基づいた結論で、それを述べているのはオバマ政権で米国エネルギー省の科学担当次官を務めたアメリカを代表する物理学者の一人で、コンピュータによるモデリングの専門家だ。

 スティーブン・E・クーニンは『気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?』(杉山大志訳、日経BP)で、地球温暖化についてこれまで当然の前提とされてきた多くの「常識」にはなんの根拠もないと主張する。この本を読むと、わたしたちはこれまでいったい何をやってきたのか、思わず考え込むことになるだろう。

地球温暖化の「常識」を科学的に証明することは困難。そもそも二酸化炭素が増えること自体は、とりたてて懸念材料というわけでもない地球温暖化の常識とされていることは実は科学的には証明されていない イラスト :マツ / PIXTA(ピクスタ)

 原題は“UNSETTLED: What Climate Science Tells Us, What It Doesn’t, and Why It Matters(未決着 気候科学はわれわれになにを語り、なにを語っておらず、なぜそれが重要なのか)”。Unsettledには「天候が不安定」や「確信がもてない(疑念をもっている)」などの意味もある。

気候変動について一般にいわれていることの多くは科学的には疑わしい、という結論

 本書の主張は、大きく2つに分けられる。1つは「気候(地球の大気)は複雑系で、モデル化がきわめて困難」なことで、もう1つは「地球の気温が上昇していたとしても(著者はこれを否定していない)、そこに人為的な影響がどの程度かかわっているかを知ることはきわめて難しい」だ。そしてこれを組みわせると、気候変動について一般にいわれていることの多く(あるいはほとんど)は科学的には疑わしい、という結論に至る。

 地球の大気が複雑系だということは、「バタフライエフェクト」でよく知られている。「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす(かもしれない)」ことで、1972年に気象学者のエドワード・ローレンツが発見した。

 ローレンツは、気象パターンのコンピュータ・シミュレーションに同じ値を入力したはずなのに、まったく異なった結果になることに困惑した。その原因を調べてみると、たとえば「0.506127」の値を「0.506」に自動的に丸めていたからだった。気象のようなとてつもなく複雑なシステムでは、初期値にほんのわずかな変化を加えただけで、その影響はとほうもない規模に膨れ上がるのだ(初期値敏感性)。

 そのため、天気予報はずっと「あてにならないもの」の代名詞とされてきた。気象衛星からのデータやコンピュータの性能の向上によって、天気予報の信頼度が上がり、気象予報士が人気の職業になったのはつい最近のことだ。

 それでも、気象科学(天気予報)がある程度信頼できる予測ができるのはせいぜい3日後の気温や降水確率までで、10日後になるとかなり精度が落ちるし、1カ月後の天気予報には誰も関心がない。そしてクーニンによれば、気候科学(長期予測)のモデリングは、気象科学(短期予測)のモデリングと同じことをしているという。だとしたら、気象科学でできない長期予測が、気候科学なら可能だとなぜいえるのか。

 気候モデルでは、大気を三次元の格子グリッドで覆い、各ボックス内の空気や水、エネルギーの短期(10分程度)の変化を計算し、このプロセスを何百万回、何千万回と繰り返す。これだけでも、設定のわずかなちがいで結果が大きく変わることがわかるだろう。

 そのため気候科学のモデラーは、過去の気候データにモデルがうまく適合するようにパラメーターを調整(チューニング)せざるを得ない。

 株式市場を予測するコンピュータモデルでも、過去の株価の変動に合わせた調整を行なうことがあり、「カービング」と呼ばれている。そしてすでに1990年代から、「カービングしたモデルは使いものにならない」といわれてきた。過去の株価の動きを完璧に再現できるモデルを使ってトレードすると、最初は調子よくても、けっきょくは大損してしまうのだ。

 その結果、ルネサンステクノロジーズ(メダリオン)のような最先端のヘッジファンドは、中長期の市場予測をとっくにあきらめ、市場の価格の歪みをすばやく察知して超短期のトレードを繰り返すモデルへと転換した。

 それにもかかわらず、パラメーターの調整が問題だということは、気候科学の合意になっていないらしい。ドイツのマックス・プランク研究所のモデラーたちはこう述べている。

 気温上昇と実測値を一致させるために地球気候モデル(略)をどう調整したかという記録を、我々は残している。この調整は間違いなくうまくいった。これまでの出来事の順序を踏まえて、エアロゾル強制力の調整ではなく、雲のフィードバックを使ってECS(平衡気候感度/CO₂濃度が平均地上気温に与える影響)3°Cを目指すことにより、この調整を行うことにした。
 
 クーニンはこの赤裸々な告白に対して、「この研究者たちは、温室効果ガスへの感度を自分たちの理想に合致させるべくモデルを調整したことになる。捏造とはこのことだ」ときびしく批判している。