ノーベル賞経済学者リチャード・セイラーが「驚異的」と評する、傑出した行動科学者ケイティ・ミルクマンがそのすべての知見を注ぎ込んだ『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』(ケイティ・ミルクマン著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)。世界26か国で刊行が決まっている世界的ベストセラーだ。「自分や人の行動を変えるにはどうすればいいのか?」について、人間の「行動原理」を説きながらさまざまに説いた内容で、『やり抜く力 GRIT』著者で心理学者のアンジェラ・ダックワースは、本書を読めば、誰もが超人級の人間になれる」とまで絶賛し、序文を寄せている。本原稿では同書から、その驚くべき内容の一部を特別に紹介する。

【破天荒】文豪ユーゴーの「締切テク」が独特すぎたPhoto: Adobe Stock

ユーゴーがしたこととは?

 フランスの作家ヴィクトル・ユーゴーは精力的な社交界の名士で、忙しさにかまけて『ノートル=ダム・ド・パリ』の初稿を書き上げるのを先延ばしにしていた。

 出版社に課された厳しい締め切りが近づくと、なんとか間に合わせようとして、体を覆うショール以外のすべての衣類をしまい込んで鍵をかけ、外出できない状況をつくった。

 これで家にこもって小説の執筆に集中せざるを得なくなり、無事締め切りに間に合ったという。

 それから100年以上経ったころ、学者たちは「自分に制約を課す」という、人間の奇妙な傾向に関心を持ち始めた。

 1955年に経済学者のロバート・ストロッツは、目標を妨げる衝動を避けるために奇妙なことを行う(ユーゴーのような)人々がいることに目を留めた。

 たとえばクリスマス休暇まで引き出せない特別なクリスマス貯蓄口座に年間を通して積み立てをしたり、「身を落ち着ける」ことを自分に強いるために結婚したりする(なにしろ1950年代に書かれた論文だから)人々だ。

 これを取り上げたロバート・ストロッツの論文は、大ヒットを博した(もしも学術論文を大ヒットと呼べるのなら)。彼はこの論文によって、「人間は必ずしも柔軟性と自由を選好するのではなく、ときには誘惑を避けるためにその逆を選好する」という異端の考えを経済学界に紹介した。

 ストロッツの弟子たち(ノーベル賞受賞者のトーマス・シェリングとリチャード・セイラーを含む)は、この種の戦略をくわしく研究し、「コミットメント装置」と名づけた。

「コミットメント装置」で自ら自分を縛る

 コミットメント装置とは、より大きな目標を達成するために、自分の自由を制限するような仕掛けをいう。

 いついつまでに報告書を仕上げますと上司に宣言するのは、その仕事をやり遂げるためのコミットメント装置だ。

 よくあるブタの貯金箱(割らなければ中のお金を取り出せない陶製のもの)は、貯金に手をつけにくくするためのコミットメント装置だ。

 戸棚の皿を小皿だけにするのは、食事の量を減らすためのコミットメント装置だ。

 スマートフォンの利用を管理する「モーメント」などのアプリをダウンロードするのは、スマホ中毒を減らすためのコミットメント装置だ。

 また過激な例として、(ペンシルベニア州などの)賭博の入場制限リストに自分の名前を載せて、カジノに足を踏み入れたとたん逮捕されるようにするのは、カードテーブルから身を遠ざけるためのコミットメント装置だ。

 もちろん、衝動的な選択を防止するための仕掛けは身の回りにあふれている。速度制限に、麻薬利用や運転中のスマホを禁じる法律、それに通常の宿題の期限など。

 だがこの種の制限は一般に、政府や教師などの、善意であろう第三者によって課される。コミットメント装置が変わっているのは、それを課すのが自分だということ、つまり自分で自分に手錠をかけるようなものなのだ!

(本原稿は『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』からの抜粋です)