ノーベル賞受賞経済学者が「驚異的」と評する、傑出した行動科学者ケイティ・ミルクマンがそのすべての知見を注ぎ込んだ『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』(ケイティ・ミルクマン著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)。世界26ヵ国で刊行が決まっている世界的ベストセラーだ。「自分や人の行動を変えるにはどうすればいいのか?」について、人間の「行動原理」を説きながらさまざまに説いた内容で、『やり抜く力 GRIT』著者で心理学者のアンジェラ・ダックワースは、本書を読めば、誰もが超人級の人間になれる」とまで絶賛し、序文を寄せている。本原稿では同書から、強力な心理手法の負の側面についての警告の一部を紹介する。

史上「人心操作」で悪用されてきたヤバい心理手法とは?Photo: Adobe Stock

「社会規範の圧力」とは?
──「あたりまえ」と思わせる

 世界最大のSNSであるフェイスブックは投票率を上げるための試みとして、2010年の中間選挙時に、ランダムに選んだアメリカ人ユーザーのフェイスブックに、投票済みの友だちの顔写真を最大で6人まで表示した。どんな友だちが表示されても投票率は上がったが、親しい友だちが表示された場合は、効果が4倍にも高まった

 これらの研究からはっきりわかるのは、私たちは自分と親しく、似たような状況にある人々の行動に、たとえその行動を直接観察せずただ説明されただけであっても、影響を受けやすいということだ。

 またこれらの研究は、規範が有効な影響力の手段だということを証明している。何が「あたりまえ」かを説明する戦略は、大規模な集団の行動変容を手助けするための効果的な方法になる。

「みんながやってるから」は言い訳にならない

 ただし、この手法について回る重大な倫理的ジレンマには気をつけなくてはならない。

 社会規範の影響力に関する初期の研究を駆り立てたのは、ナチスがホロコーストでドイツ市民にどうやって共謀を強制できたのかを解明したいという科学者の思いだった。

 社会的圧力がきわめて不道徳なことを人に行わせる手段になり得ることが、その後の研究で明らかになっている。このことを、私たちは立ち止まってよく考えるべきだ。社会的圧力が強制力にもなることに気をつけなくてはならない。

 私はMBA学生に社会規範の影響力を説明してから、いつもこのことを念押しする。「みんながやってるから」が不適切な行いの言い訳にならないことは、ほとんどの人が幼いころから知っている。

 だがそれでも、社会的圧力は有害な影響をおよぼすことがあるのだ。

おかしいと感じたら「対面でのやり取り」を避ける

 さいわい、その強制力を弱める方法はある。社会的圧力の強制効果が弱まる傾向にあるのは、「行動を強制する人と直接対面していないとき」や「自分を省みる機会があるとき」、「疑問を持つ仲間とともにどんな行動を取るべきかを考えることができるとき」だ。

 だから、誰もが取っている行動が少しでも不快、不謹慎、不道徳に感じられたら、尻馬に乗ってしまう前に冷静になり、圧力をかけている人との対面でのやり取りを避け、あえて異論を唱える役回りの「悪魔の代弁者」(この場合は天使の代弁者とも言える)と話し合い、適切な行動を取れるようにしたい。

 社会的影響を用いる戦術は、たしかに邪悪な目的に使われることはあるが、さいわいにもつねにそういう使われ方をするとは限らないし、そうでないことが多い。

 社会規範は有益な方法で活用すれば、望ましい行動変容を促すうえで大きな力を発揮するのだ。

(本原稿は『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』からの抜粋です)