近年、ビジネスにおいて「持つべき思考」として話題に上がるようになった「アート思考」。この「アート思考」とは、「アーティストのように考える」思考方法であり、「自分だけのものの見方」で世界を見つめ、「自分なりの答え」を生み出す力のことだ。国公立の中学・高校で美術教師を務める末永幸歩氏が書いた『13歳からのアート思考』は「アート思考についてわかりやすく教えてくれる」と話題で、幅広い年代に読まれている。アーティストではない人たちまで、なぜそれらが必要とされるのか。そして、なぜ「今」なのか。本記事では、本書の内容をもとに、それらについてご紹介する。(構成:神代裕子)
「アート思考」は自分の内側を深く探るもの
本書では、「アート思考」を説明する3つの要素として「アートという植物」を例に出している。
この「アートという植物」とは、「興味のタネ」から、巨大な「探究の根」を地中に張り巡らせ、さまざまな色・形・大きさを持った「表現の花」を地上に咲かせている不思議な植物だ。
著者の末永氏は、「興味のタネ」「探究の根」「表現の花」を次のように定義する。
・「探究の根」は、自分の興味に従った探究の過程
・「表現の花」は、そこから生まれた自分なりの答え
この植物を育てることに一生懸命なのが「真のアーティスト」であるが、アーティストは花を咲かせること自体には、そんなに興味を持っていないという。
根があちこちに伸びていく様子に夢中になり、その過程を楽しむ。アートという植物にとって、花は単なる結果でしかないことを知っているからだ。
「アート思考」とは、その根を広げ、探究していくことに重点を置いているといえる。
根を張っていない「花」はもろい
しかし、私たちはともすれば「花を咲かせること」が重要だと思いがちだ。
タネや根もなく、“花だけ”をつくる人もいる(本書内では、彼らを「花職人」と呼ぶ)。
花職人がアーティストと決定的に違うのは、気がつかないうちに「他人が定めたゴール」に向かって手を動かしている点だ。
花職人は、長年にわたって、他人から求められる花をつくる技術や知識を得るために訓練を受け、再生産のために勤勉に働いている。
しかし、彼らが夢中になって作っているのは、他人から頼まれた「花」でしかない。自分たちでも気づかないまま、他人から与えられたゴールに向かって課題解決をしているだけなのだ。
根を張っていない花はどこか生気がなく、もろい。それに、「他人の定めたゴール」に向かっている以上、そのゴールが変わってしまったら、それまでの花をつくりだす技術はまったく役に立たなくなってしまう。
ここでいう「花」は芸術作品のことを言っているわけではない。「花」を仕事や趣味でしていることに置き換えてもいいだろう。
そして「アーティスト」は「絵を描いている人」や「ものを作っている人」であるとは限らない。「生き方」についての話なのだ。
いかなるものであったとしても「自分の興味・好奇心・疑問」を皮切りに、「自分のものの見方」で世界を見つめ、好奇心に従って探求を進めることができれば、私たちは「アーティスト」としての生き方ができる。
「花職人」として生きるか、「アーティスト」として生きるかは、あなた自身が決めることなのだ
スティーブ・ジョブズを支えた「アート思考」
なぜ、今、「アート思考」が求められるのか。末永氏は、このことについて次のように語る。
これを実践した著名人に、アップルの共同設立者の一人であるスティーブ・ジョブズがいる。
彼は、友人のウォズと共に自宅のガレージでアップルを創業。10年後には時価総額20億ドル、従業員4000人以上の大企業へと成長を遂げる。
しかし、ジョブズは30歳の時、新たに就任したCEOとの方針の違いから、アップルをクビになってしまうのだ。
どん底まで落ちたジョブズは、シリコンバレーから逃げ去ることも考えるが、数ヵ月がたった頃、再帰を図る。
なぜなら彼は、「自分がしてきたことをまだ愛していたから」だと語る。
「自分の愛すること」があったジョブズは、それを支えに大きな喪失から立ち直り、アップルに返り咲く。そして、iMacやiPhoneをはじめとする数々の素晴らしい製品を世に生み出したのだ。
変化の大きい時代だからこそ「アート思考」が必要
私たちは「常識」や「正解」にとらわれがちだ。その方が、人からわかりやすく評価され、重宝されるからだ。
ただ現代は、その「常識」や「正解」は簡単に変わってしまう世の中であることを私たちはしっかりと理解しておかなければならない。
だからこそ、「自分の内側にある興味」をもとに、「自分なりのものの見方」で世界をとらえ、「自分なりの探求」をし続けていくことが欠かせないのだ。
これこそが、今求められている「アート思考」であり、「アート思考」が求められる所以だ。
きれいな花を咲かせられなくていい。誰かに褒められるものをつくらなくてもいい。
他人のための花をつくる毎日に忙しかったとしても、自分の興味・好奇心に向かって深く根を伸ばすことは続けていかなければならない。
そのことが、どんな時代や環境になったとしても、私たちの人生を力強く支えてくれるに違いないのだから。