最近こんなふうになっていないだろうか? 話題の企画展で絵画を鑑賞した気分になり、高評価の店でおいしい料理を味わった気分になり、ネットニュースやSNSの投稿で世界を知った気分になり、LINEで人と会話した気分になっている……。私たちは、自分でいろいろなことを判断しているつもりだが、その判断には他人の基準が大きく影響している。こんな毎日の中で、「自分なりの視点」を持つことはできているのだろうか? こういった危機感を背景に、大人の学びの世界でも「アート的なものの考え方」が見直されている。これは「アート思考」と呼ばれ、アーティストのように考える思考のプロセスのことを言う。この「アート思考」をわかりやすく解説したのが、美術教師である末永幸歩氏が書いた『13歳からのアート思考』だ。本記事では、具体的なアート作品とアーティストの思考を追いながら、「自分なりのものの見方」についてご紹介する。(構成:神代裕子)
絵画は「窓」と同じく、イメージを映し出すもの
ものの見方やとらえ方は無数にある。そのことを知識としてはわかっているつもりでも、思った以上にそれらが偏っていることに私たちは気づいていない。
例えば、「窓」を見てほしい。「窓」に目を向けたときに、きっとあなたの目には、空や雲、風に揺れる木々、通りを歩く人、隣に建つ家などが目に入ったのではないだろうか。
しかし、それはあくまでも「窓の向こうにある景色」である。
「窓を見てほしい」と言われた時に、透明な窓ガラスや、物質としての「窓そのもの」を見つめた人は、ほとんどいないはずだ。
アート作品の中でも、絵画はこの窓と似た状況に陥りがちだ。絵画を鑑賞するときに、物質としての「絵そのもの」を見る人はまずいない。
そこに描き込まれている、景色や人、ものなどの「イメージ」を見ているのであって、「絵の具が貼りついたキャンパスがある」という現実は、ほとんど見えていないのだ。
しかし、「床を見て」と言われたらどうだろうか。目に入ってくるのは、窓と違って「床そのもの」であるはずだ。床板や絨毯、コンクリート、畳などの材質そのものや、その上にあるホコリ・髪の毛・染みなどが目に止まるかもしれない。
「窓」と違い、「床」を見たときに、「床の向こう側」を見ることはできない。
このように、窓や絵画を見た時と、床を見た時に「見ているもの」が違うことに私たちはなかなか思い至らない。
「言われてみれば……」とは思うが、言われる前から意識していた人、気づいた人はほとんどいないのではないだろうか。
自分なりの答えを見つけ出した《ナンバー1A》
本書では、ジャクソン・ポロック(1912-1956)というアーティストが1948年に発表した《ナンバー1A》という絵が紹介されている。
この絵は、黒や白、赤、黄色といった絵の具が無作為に撒き散らされたもので構成されている。具体的な何かを描いたというよりは、乱雑に絵の具を塗りたくっただけのように見える作品だ。
そんな《ナンバー1A》だが、この絵は今日に至るアートの歴史のなかでも高く評価されている。それはなぜか?
それは、描き方そのものが珍しいからではない。この描き方を通じてポロックが、「自分なりの答え」を生み出したからに他ならない。
《ナンバー1A》は、「床」のように不透明だ。床の向こう側に何も見えないのと同様に、この絵の向こう側には何のイメージも見えない。
私たちに見えるのは「表面に絵の具が付着したキャンパス」という物質である。
ポロックは、私たちの目を「物質としての絵そのもの」に向けさせようとしているのだ。
ポロックは、この《ナンバー1A》によって、アートを「なんらかのイメージを映し出すためのもの」という役割から解放したのである。
「自分なりのものの見方」を培う方法
このように考えると、ものを見る際に、私たちはかなり「思考の癖」がついていることに気が付く。
「絵は何かしらのイメージを映し出している」と無意識に思っているのと同様に、「これはこういうもの」と思い込んでいるものはたくさんあるに違いない。
しかし、そのことに気が付くのはかなり難しい。いったいどうすれば、私たちは「自分なりのものの見方」を見つけることができるだろうか。
著者の末永氏は過去にインタビューで「自分なりのものの見方」を身につけるためのシンプルな方法として以下の3つを挙げている。
日常のなかで「ちょっとした違和感」を覚えることは誰にでもある。そこに着目することで、自分の興味や自分らしい部分につながっていく。これが、1のアプローチだ。
2は、自分の感情が動いたときにそれを「メモしておく」だけ。感情はものすごく自分に正直なので、そこに少し意識を向けると、自分の興味が見つかるかもしれない。
3は、スマホでいいので「写真を撮る」。ただそれだけでいい。ただし、なんとなく記録として撮影するのではなく、自分が気になったところを「切り取った写真」を撮ってみることをおすすめする。
「ここがいいな」と感じたところを切り取るための写真を撮っておくと、そこに「自分らしさ」が出てくるという。
こういったことをしながら、常に「今、自分には何が見えているのか」と問いかけることで、「自分なりのものの見方」が育ってくるはずだ。
自分の思考の癖に気がつくと、新しいものが見えてくる。「アート思考」を生かして、他人の視点に影響されない「自分なりのものの見方」や感性を呼び戻してほしい。