鄧小平以後の中国は経済成長を優先させた。福祉より投資を重視して、覇権競争の先行者であるアメリカに経済でも追いつくことが大命題となった。だが、その路線も今回で修正されることとなった。

 その呼び水となったのが、2021年8月17日の中国共産党中央財経委員会で習主席が公にしたスローガン「共同富裕」だ。共同富裕は格差是正を優先して、すべての人民が豊かになることを目指すことである。

 共同富裕という言葉はもともと毛沢東が唱えたものだ。習主席は曖昧だったこの言葉を具体化して、「高すぎる所得を合理的に調節し、高所得層と企業が社会にさらに多くを還元することを奨励する」とした。大企業やエリートを先に富ませる「先富論」を捨てて、貧富の格差解消を優先すると宣言したわけである。

 また、李克強首相も2020年5月に「毎月の収入が1000人民元程度(日本円で1万7000円程度)の人がまだ6億人いる」と述べている。新型コロナウイルス禍で支援の必要な人民が数多くいることを指摘した発言であるが、李首相が格差問題を深刻に受け止め、習主席の唱える共同富裕に賛同していることは明らかだ。

中国経済の停滞に
拍車をかける習近平

 ただ、習近平指導部の経済政策は、これまで中国経済を縮小させる方向に作用している。経済成長と格差是正は必ずしも両立できない目標ではないが、中国経済がすでに停滞期に入ったことで、インフラ投資中心で成長してきた中国にとっては両立が難しくなっている。

 この点の象徴的な施策として、2020年11月、中国最大のIT企業であるアリババ傘下のアントのIPO(新規株式公開)に対して中国経済当局が中止命令を出したことが思い浮かぶ。当時、アントは世界最大規模の決済サービスであるアリペイを有する世界一のフィンテック企業として世界的な市場拡大を目指していた。このIPOでは345億ドル(約5兆1360億円)もの額を調達できるはずだったが、アリババ総帥ジャック・マー氏の野望はこの横やりであっけなくついえた。

 アリババはその前から狙われていた。2021年4月、中国国家市場監督管理総局はアリババに対して中国版独占禁止法「反壟断法」違反があったとして182.28億元(約3773億円)の罰金を科している。その後もテンセントや配車サービス国内最大手の滴滴出行など大手プラットフォーマーが当局から規制を受けており、習近平指導部によるあからさまな「IT企業たたき」が続いている。

 また、中国政府は不動産価格の抑制のために2020年から住宅ローンの総量規制を進めている。不動産企業に対しては「純負債が自己資本を超えない」など3つのレッドライン(三条紅線)を設定して不動産の投機化を防ぎ、2021年には固定資産税に当たる不動産税を試験的に導入している。その結果、多くの不動産企業で資金繰りが厳しくなり、中国第2位のデベロッパーである中国恒大集団の経営危機を呼び込むこととなった。

 これらの施策は企業個別の問題というより、習主席固有の問題意識から行われたものだ。

 たとえば、アリババ傘下のアントの大手株主には、習主席とは対立関係にある江沢民元国家主席の孫である江志成がいるといわれている。政界に太いパイプがあるがゆえにアリババはこれまで中国政府の庇護の下で成長できたといえるが、マー氏が習近平指導部に批判的であり、ライバルを資金面で支えていることから、習主席はアリババが国家にもたらす利益より、自らの権力に悪影響を与えることを警戒していたのだろう。

 ただし、民間企業いじめが経済縮小に働いても、習主席は一連の金持ち批判によって人気を得ている面があり、人民からの人気低下には必ずしもならないという点にも留意すべきだ。