探究的な受験指導で、多くの塾生が志望校へ進学する横浜の小さな学習塾「知窓学舎」。いま教育界で注目される「探究学習」を27年前から実践する塾長・矢萩邦彦氏の新刊『子どもが「学びたくなる」育て方』の中から、2万人の小中高生に直接指導してきた立場から感じる「今どきの子どもの特徴」を紹介します。(構成/編集部・今野良介)

ゲームやSNSは「リアル」とつながっている

今の子どもたちは、総じて争いを好まず、平和的です。「最近の子どもには反抗期がない」と耳にしたことがあるかもしれません。

子どもが好きなコンテンツも、ここ数年で大きな変化があったように感じます。

親世代にとってコンピューターゲームと言えば、シューティングゲームやバトルゲームのイメージが強いかと思いますが、今の子どもが夢中になっているのは「みんなで協力して何かをつくる」とか「全員で協力してシステムに挑む」類のものです。

また、アニメや漫画も、絶対的ヒーローが絶対悪を倒す設定は消え、悪にも事情も言い分もある、みんなが幸せになる方法はないのかと両方の葛藤を描いているところがおもしろいところです。

そのような作品世界に共感している子どもたちに対して、「クラスで一番賢いのは誰?」とか「今度のテストでは一番になってね」のような競争意識に基づく声掛けをするのがいかにズレているかわかるでしょう。

また、今の子どもには、大人たちが叫ぶ「多様性」を受け入れる感覚があたりまえのようにあります。

他者の多様性を認めるのはもちろん、自分自身も多様な存在として受け止めているように感じます。

オンライン授業とリアルの授業では、別人かと思うくらい態度が違う子どもがいます。しかし、本人の中ではどれも同じ自分です。いくつもの自分をうまく表現することができるのは、先に述べた「みんなで協力する」オンラインゲームや、SNS上にいくつものアカウントを持つことがあたりまえになったことと関係しているでしょう。

「パラレルキャリア」というワードも注目されますが、今の子どもたちが大人になるころには職業を複数持つのは自然なことで、その言葉すらなくなっているかもしれません。どんなに辛くても生活のために今の会社を辞めるわけにはいかないとか、音楽は好きだけどプロにならなければ食べていけないといった考え方は、時代遅れになるでしょう。

一つの役割にしばられないこと、いくつものゆるやかなつながりの中で生きることが、子どもたちの生きる未来では自然になっていると思います。

今の子どもは「みんなにとって利益があること」を大切にする。【小中高生を27年見てきた塾長が思うこと】「知窓学舎」塾長・矢萩邦彦氏

また、今の子どもたちは「みんなにとって利益がある」ことをとても大切にします。

環境保護やボランティア活動への関心の高さからもそれがうかがえます。路上喫煙をかっこいいと思う子もいないし、電車では必ずといっていいほどお年寄りに席を譲る。お母さんがエコバックを忘れたことを本気になって怒る子どもも、現代ならではだと思います。

数年前、子どもたちのなりたい職業ランキングの上位に「ユーチューバー」が登場したときショックを受けていた大人が大勢いましたが、2022年度、「中学生が選ぶ『将来就きたい仕事』ランキング」(人材派遣会社アデコ、日本の小中学生1800人を対象)では、女子の1位が「医者」、男子の1位が「会社員」という結果が出ました。

コロナ禍で奮闘する医療関係者の姿を見て医師を志した子もいるかもしれません。在宅で会社員として働くお父さんの姿を間近で見て、かっこいいと思ったのかもしれません。

前年度までと違ったのは、男子では「学者」や「研究者」、女子では「先生」もランキングに挙がっていたということです。いずれも担い手が不足している職業であり「困っているなら助けたい」と自然に考える子どもが増えているということかもしれません。

ちなみに、親が「子どもに将来なってほしい職業ランキング」の1位は、男女ともに公務員だったそうです(日本トレンドリサーチ、2022年3月、18歳未満の子どもがいる全国の男女331人を対象)。

親がどんなことを願おうとも、子どもは子どもなりに、現代社会を観察し、自分のあるべき姿を探っているということなのではないでしょうか。(了)

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
「知窓学舎」塾長、実践教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授、株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO
一児の父。親の強い希望で中学受験をしたものの学校の価値観と合わず不登校になり、学歴主義の教育に強い疑問を抱えて育つ。1995年、阪神・淡路大震災の翌日に死者数で賭け事をしている同級生を見てショックを受け、教育者の道を歩み始める。大手予備校で中学受験の講師として10年以上勤め、2014年「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。教師と生徒が対話する授業、詰め込まない・追い込まない学びにこだわり、「探究型学習」の先駆者として2万人を超える生徒を直接指導してきた。
受験を通して「学ぶ楽しさ」を発見することを目指して、子どもが主体的に学ぶ姿勢をとことんサポート。ライブパフォーマンスのように即興で流れを編集するユニークな授業は生徒だけでなく親も魅了する。多くの受験生を志望校進学に導き、保護者からの信頼も厚い。新しい教育を実践しようとする教師・学校からの相談も殺到し、多数の教育現場で出張授業、研修、監修顧問、アドバイザーなどを兼務。生徒たちに偏差値や学歴にとらわれない世界の見方を伝えるため、自身の学歴を非公開としている。
「子どもと社会をつなぐことのできる教育者」を理想として幅広く活動。住まいづくりや旅づくりの研究と監修、シンガーソングライター、カメラマンなどアートの領域から、ロンドンパラリンピック、ソチパラリンピックにジャーナリストとして公式派遣されるなど、一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究。独自の活動スタイルについて編集工学の提唱者・松岡正剛氏より「アルスコンビネーター」の称号を受ける。「Yahoo!ニュース」個人オーサー・公式コメンテーター。LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター。キャリアコンサルティング技能士(2級)。Learnnet Edge『自由への教養』探究ナビゲーター・カリキュラムマネージャー。常翔学園中学校・高等学校 STEAM特任講師。聖学院中学校・高等学校 学習プログラムデザイナー。文部科学省「マイスター・ハイスクール」伴走支援事業スーパーバイザー。2022年10月、初の単著『子どもが「学びたくなる」育て方』を上梓。