上司と部下と電卓写真はイメージです Photo:PIXTA

日本企業に前例のない難題が降りかかっている。これまでサプライチェーンでは「QCD(品質・コスト・納期)」が合言葉だった。しかし、台湾有事の可能性が高まっていることで、「中国から全く調達できなくなるかもしれない」と仮定を立て、代替を考えざるを得なくなっている。コスト最適だけを狙うのではなく、時代に合った最適解を探るにはどうすればいいのだろうか。(未来調達研究所 経営コンサルタント 坂口孝則)

日本の空洞化に寄与してきた私たち

 2000年代以降、アジアは日本企業のサプライチェーンにとって、“知的な遊戯場所”だった。日本で生産しているものをアジア生産に移す。日本で調達しているものを、アジア調達に移す。それだけで相当のコスト削減が実現できた。

 筆者がかつて働いていた電機メーカーでは、役員がそうした輸入を促進するため、部下に「日本の空洞化に寄与しろ」なんて言っていた(もちろん、ジョークのひとつだ)。その時代は確かに、それが正解だった。ところが今、円安や地政学リスクの影響で、全く異なる状況に日本が置かれていることは周知の通りだ。

 製造業では「輸入限界係数」と呼ばれるものがある。これは、「日本で生産した場合のコスト」(日本円の絶対値)を、「輸入検討国で生産した場合のコスト」(現地通貨の絶対値)で割り算し、それを為替レートの絶対値と比べる。そうして為替レートよりも、輸入限界係数が大きければ輸入するし、小さければ輸入しない。

 具体例を使って説明しよう。

・製品Aを日本で生産したら300円、米国で生産したら3ドルのコストがかかるとする
・輸入限界係数は300÷3=100となる
・為替レートは1ドル=140円とする。輸入限界係数は100<140だから、米国から輸入する価値がない

 下記のような別ケースも考えられる。

・製品Aを日本で生産したら300円、米国で生産したら1ドルのコスト
・輸入限界係数は300÷1=300となる
・為替レートは1ドル=140円とする。輸入限界係数は300>140だから、米国から輸入する価値がある

 違う通貨でも同様に計算できる。

・製品Bを日本で生産したら300円、中国で生産したら30人民元のコスト
・輸入限界係数は300÷30=10となる
・為替レートは1人民元=20円とする。輸入限界係数は10<20だから中国から輸入する価値がない

 ただし、次の場合はどうか。

・製品Bを日本で生産したら300円、中国で生産したら10人民元のコスト
・輸入限界係数は300÷10=30となる
・為替レートは1人民元=20円とする。輸入限界係数は30>20だから中国から輸入する価値がある

 この輸入限界係数は、極めてざっくりとした試算だ。輸入限界係数で計算する基になる各国コストは、為替レートに影響されない。あくまで、現地で生産した際のコストだ。にもかかわらず、輸入するかどうかを決定する際には為替レートを勘案する。また、現実的には輸送費や保険料、関税などの諸経費がかかる。

 とはいえ、少なくとも筆者がいた企業ではこのように、輸入限界係数を使って続々と輸入品を決めていった。おおむね、「輸入限界係数×1.3>為替レート」くらいであれば、諸経費がかかっても輸入する価値があると判断していた。

 この頃は、コストしか考える必要がなかった。あとは現地で品質の良い製品が生産できれば、それでいい。だからこそ当時のサプライチェーンでは、品質向上に力を注いでいた。

 まさに当時のサプライチェーン部門は、日本の空洞化に寄与していたわけだ。