唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント10万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部をお届けします。

【外科医が教える】意外と知らない 正しいすり傷の治し方Photo: Adobe Stock

消毒液は傷の治りを悪くする

 かつて、すり傷や切り傷はまず消毒するのが当たり前だった。自宅にも学校の保健室にも必ず傷用の消毒液が常備され、アルコール製剤やイソジンなどのヨード液、マキロン、俗に「赤チン」と呼ばれたマーキュロクロム液など、実にさまざまな種類の商品があった。

 だが近年は、消毒液が傷の治りを悪くすることがわかり、よほどのケースを除いて傷は消毒しないのが当たり前になった。

 水道水でしっかり洗い、砂や泥などの異物を丁寧に洗い流すだけで十分である。傷に消毒液がしみるのを必死に我慢する必要もない。

 病院でも、縫う必要のある深い傷なら事前に消毒するが、そうでないケースは消毒しないのが一般的だ。

水道水などでしっかり洗う

 水道水や生理食塩水でしっかり洗うだけである。長年の習慣から「傷は消毒するもの」と考える人は多いので、「せっかく病院に行ったのに消毒をしてもらえなかった」と不満を抱く人はいるかもしれないが、軽い傷なら「消毒しない」ほうが正解だ。

 ここで、「消毒しないと傷が膿んでしまうのではないか」と思った人がいるかもしれない。確かに、傷から細菌が入り込み、そこで増殖すると感染が起こる(膿む)ことはある。

 だが、皮膚には細菌が常に存在し、私たちと共生している。

 消毒した瞬間には細菌を死滅させられても、その後に周囲の細菌が傷に入り込むことまでは防げない。むしろ、定期的に傷をしっかり洗浄することのほうが大切なのだ。

 また、軽い傷なら抗菌薬も使用しないのが一般的だ。やはり感染の予防にはつながらないからである。

 傷が感染症を起こして初めて、「治療」を目的に抗菌薬を使用することは合理的だ。だが、「予防」という目的では、抗菌薬は有効ではない。まだ感染を起こしていない細菌たちを殺すのは、犯罪を起こす前に誰かを逮捕するようなものだからだ。

動物に噛まれた傷は要注意

 ただし、汚染のひどい傷は例外だ。例えば、犬や猫などの動物に噛まれた傷は、普通の傷に比べると感染リスクがはるかに高い。

 したがって、動物咬傷では予防を目的に抗菌薬を使用することが多い。また前述した通り、傷の汚染の程度とワクチン接種歴を確認の上、破傷風ワクチンを注射するケースもある。

 傷の管理に関する考え方もずいぶん変わった。昔は“じゅくじゅく”した状態より、なるべく乾燥させるほうがいいと考えられていた。

 だが近年は、湿った状態のほうが傷の治りは良いことがわかっている。傷には軟膏を塗って湿潤環境を維持するのが望ましいのだ。

軟膏とクリームの違い

 なお、塗り薬である軟膏とクリームは混同されがちだが、それぞれ全く別ものである。

 そもそも塗り薬は、薬の成分と基剤から構成される。薬の成分そのものを皮膚に塗るのではなく、ベースとなる基剤に薬の成分が溶けたものを塗るしくみだ。

 軟膏とクリームの違いは、この基剤の違いにある。軟膏の基材は油性の成分(ワセリンなど)で、クリームは油性成分に加えて水分が含まれている。

 よって、軟膏はベタつきが強いが保湿力は高く、皮膚への刺激が少ない。一方クリームは、さらさらと滑らかでベタつきにくいが、皮膚への刺激は強く、傷のある部位には使用できない。傷に塗るのは、軟膏のほうである。

(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)