【池上彰】「お金の増やし方」を学ぶ、たった1つの方法

「経済」の2文字を見ると、反射的に「難しい」「わからない」と拒絶してしまう“経済アレルギー”に陥っている人は少なくない。社会人になって、経済の基本知識を必要とする場面が増え、インフレや円安、株高など日々の経済ニュースに触れるたびに「もっと勉強しておけばよかった」と後悔する社会人も……。
そのような今さらながらの後悔を解消したい社会人のバイブルとして支持され、ロングセラーとなっている書籍『経済のことよくわからないまま社会人になった人へ』の著者であるジャーナリストの池上彰さんに、「経済を知らないまま」の社会人が多い理由、そして経済を知ることの重要性について話を聞いた。
(取材・構成/柳沢敬法、ダイヤモンド社・和田史子、撮影/加藤昌人、ヘアメイク/市嶋あかね)

「銀行はお金を金庫に預かっている」と思っていた現役経済学部生

――世の中のしくみや成り立ちを知らない社会人はたくさんいます。なかでも、経済のことについては、社会に出てから「ああ、学生時代にもっと勉強しておけばよかった」と後悔している人は少なくありません。

池上彰(以下、池上) だと思います。では大学生がしっかり経済を学べているかというと、実はそこもあやしいかもしれません。

 以前ある大学の講義で日銀の金融緩和について解説したことがあります。「日銀が民間の金融機関が持つ国債を買い上げて市場にお金を流通させる――」という話をしたのですが、講義後ある学生から「なぜ民間銀行が国債を持っているんですか?」という質問を受けたのです。

「本当は銀行も預かったお金を会社に貸したいんだけど、不景気で貸し出し先がないから仕方なしに国債を買っているんだよ」と答えたのですが、何だか様子がおかしい。ハッとして、「君、もしかして銀行は預かったお金を大事に金庫にしまい込んでいると思っている?」と聞いたら、「えっ、違うんですか?」って。

――「銀行にはお金がたくさんあるのに、なぜ国債を買うのか」を、その学生の方は聞きたかったんですね。

池上 そうなんです。大学生であっても「銀行が企業にお金を貸し、企業はそれを元手に収益を上げ、利子をつけてお金を返す」という金融の基本をよく知らないということです。

 世の中にお金を回す、お金を流通させて世の中を動かすという経済のしくみをわかっていないと気づきました。ああ、これは日銀の金融緩和のしくみなんてやってもダメだ、と。そこで次の講義からは、「そもそも銀行というのはね――」という話から始めたわけです。

――そうなると、「経済のことよくわからないまま社会人」の予備軍は大勢いるということですね。

池上 大学の講義で常に若い人たちと接しているからこそ、「彼らが何を知らないか」がつぶさにわかります。若い人たちの「わからないこと」を知ることは、テレビのニュース解説をする際の参考になっています。

「学校で教えないまま」が「知らないまま」を生む

――経済のことをよく知らない学生が、知らないまま社会に出てしまう要因はどこにあるのでしょうか?

池上 ひとつには「学校でお金のことを教えない」という面があります。金融や景気、年金や税金や保険、株式や投資など――日本の学校では、経済活動の土台となるお金のことをしっかり教えません。

 社会科の授業でも用語を丸暗記させられ、制度のしくみを淡々と説明されるだけ。そのお金が具体的に自分の生活とどう関わり、世の中をどう動かしていくのかまでは教えてくれません。だから、どうしても経済に対して苦手意識ばかりが生まれてしまう。そうした環境も、「よく知らないまま」になる一因と言えるでしょう。

――アメリカでは子どもが金融や経済を学ぶのは当たり前という風潮があるようですが。

池上 例えば、日本の学校における「家庭科」は、アメリカでは「家政学=ホームエコノミクス」と位置付けられています。家庭を運営、経営するために、食物や被服、住居から暮らしにかかわるお金のことまでをトータルで学ぶ、という考え方です。さらに高校では株の売買など金融教育の授業が行われています。

――こうした「お金や経済を通じて、自分の生活や世の中の動きを深く考える」という教育の在り方は、日本も大いに参考にすべきかと。

池上 2022年4月から、日本でも高校の家庭科で投資信託などの資産形成を学ぶことになりました。お金と上手に付き合い、経済を身近なものとして学ぶ機会ができるのはいいことだと思います。

 とはいえ、高校の家庭科の先生は大学の教員養成課程で投資信託のことなど勉強してないでしょうから、教える側は大変だと思います。そんな先生方にもぜひ『経済のことよくわからないまま社会人になった人へ』を読んでいただきたいですね(笑)。

【池上彰】「お金の増やし方」を学ぶ、たった1つの方法

経済の知識があれば、お金と賢く付き合える

――そもそも論ですが、なぜ私たちには経済の基礎知識が必要なのでしょうか?

池上 経済は私たちの極々近くにあります。私たちがお金を使い、世の中のお金が回ることで経済は動いているのですから。

 賢くお金を使うには、どんな買い物すればいいのか、どんなサービスを利用すればいいのか。お金を貯めるためにはどんな貯蓄をしたらいいのか。お金を増やすためには何に投資すればいいのか――。

 こうしたお金との付き合い方に、絶対という正解はありません。たくさんの選択肢があり、そこから自分で選ぶことになります。そのときに「今考え得るベストな選択」をするためにも、経済のことを知っておく必要があります

――例えば今なら円安が大きな問題になっています。

池上 これまでは、「円安が進むと利益を受けるのは輸入産業? 輸出産業?」と聞かれても、迷ってすぐに答えられない人が多かったでしょう。

 それでも現在の急激な円安によって生活必需品の値上げが続くなど、自分の生活との関係性がわかってくると「円安で輸入原材料が値上がりしたことが物価上昇に直結しているのだ」という実感が生まれてきます。

 やはり身近なお金の動きを「わがこと」として捉えることからはじめることが、日本経済のしくみや世界経済の動向へと目を向けるきっかけになるのです。

――最近は円を売る人が増えていると聞きます。

池上 はい。この円安の影響で「資産形成」のためにドルを買う人が急増しています。この先まだ円安ドル高が進むことを見越して、今のうちに円をドルに換えておこうというわけです。

 これにしても、「みんなが円を売るほど円は安くなる」という基本知識があれば、大勢の人が「円売りドル買い」に走ると、結果としてさらに円安に拍車がかかってしまうとわかります。

 政府や日銀が円安を抑えようとしているのに、それと逆行することになるとわかる。

 ここで大事なことは、しくみを理解した上で、じゃあ自分はどう行動するかと考えることです。みんなと一緒に目の前のドルを買うのか。それともキャピタルフライト(資本流出)を招くような円売りをせず物価の安定を待つか。知識があることで行動に選択肢が生まれるわけです。

――そうした意味では、誰にとっても経済は他人事ではないということですね。

池上 経済についてよく知らないから、ニュースをみてもよくわからない。よくわからないから思考停止してしまい、「わがこと」として考えなくなってしまうんです。

 ならば、経済がどのように動いているのか、その基本的なしくみを理解することからはじめれば「わがこと」としてお金や経済と向き合えるはず。

 経済の基本を知るというのは、自分がどう生きていくか、人生をどう設計し、どう可能性を広げていくかを考えることでもあるのです。

【次回に続く】

【大好評連載】
第1回 【池上彰】「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」と後悔する社会人のための「学び直し」のコツ

池上彰(いけがみ・あきら)
1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、73年にNHK入局、報道記者やキャスターを歴任する。94年から11年間にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役を務め、わかりやすい解説が話題になる。2005年、NHK退職以降、フリージャーナリストとしてテレビ、新聞、雑誌、書籍、YouTubeなど幅広いメディアで活躍。
2016年4月から、名城大学教授、東京工業大学特命教授を務め、現在も11の大学で教鞭を執る。
近著に『知らないと恥をかく世界の大問題13 現代史の大転換点』(角川新書)、『池上彰の世界の見方 東欧・旧ソ連の国々 ロシアに服属するか、敵となるか』(小学館)、『独裁者プーチンはなぜ暴挙に走ったか 徹底解説:ウクライナ戦争の深層』(文藝春秋)、『経済のことよくわからないまま社会人になった人へ』『会社のことよくわからないまま社会人になった人へ』『政治のことよくわからないまま社会人になった人へ』(すべてダイヤモンド社)などがある。
【池上彰】「お金の増やし方」を学ぶ、たった1つの方法