2022年11月16日に開催された「ダイヤモンド・オンライン 経営・戦略デザインラボ」のオンラインイベント「人の可能性を信じ『全員活躍』を実現する組織 ―有識者と考える人的資本経営― 」。その中のパネルディスカッションでは、村瀬俊朗氏(早稲田大学商学部 准教授)、萩谷惟史氏(経済産業省経済産業政策局産業人材課総括補佐 兼 大臣官房未来人材室)、坪井純子氏(キリンホールディングス 常務執行役員・人事総務戦略担当)、小野真吾氏(三井化学 グローバル人材部部長)が登壇。前編では、「人材投資」による企業価値の向上や「多様性」を包容する制度作りなどを通じた、「固定化した思考を崩す」方法の重要なポイントについて、それぞれの立場から重要なポイントをレクチャーする。(編集/ヴァーティカルメディア編集部 大根田康介、撮影/堀哲平)
「多様性から発生する摩擦」こそが
アップデートの重要な起爆剤
村瀬俊朗 「人を生かす」ために必要なものは何だと思いますか? それは「循環」です。
人を生かすにはまず「安定」という土壌、環境がないといけません。同時に、人と同じように組織も「変化」していく必要があります。
新しい価値観や情報、考え方を取り入れながら、「安定」と「変化」の両方をうまく「循環」させることで、組織はさらに安定していきます。
早稲田大学商学部准教授。1997年に高校卒業後、渡米。2011年、University of Central Floridaで博士号取得(産業組織心理学)。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員(ポスドク)を務めた後、シカゴにあるRoosevelt Universityで教鞭(きょうべん)を執る。17年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究
では、こうした循環はどのように作られるのでしょうか。
われわれは基本的に、新しいことをするのが嫌いです。なぜなら、人は世界観や枠組みが必ず固定化するようになっているからです。個人も組織も安定し、効率を良くしていく上でこのような「固定化」は重要なことではあります。
一方で、世界観や枠組みをアップデートできないとどうなるか。例えば、レンタルビデオが主流だった世界観をなかなか崩せず、「ストリーミングの世界に飛び込んでビジネスをする」という発想が生まれにくい。新しい掛け算ができなくなってしまうんです。
原因は、われわれの脳の中にあります。人の脳は、膨大な情報や、さまざまな人々とのやりとりの中で、なるべく最小限の努力で物事を進めようと考えながら活動しています。だから、新しいことを簡単に取り入れられないのです。
組織や集団をうまく生かすためには、「規範」「カルチャー」といったものを作っていく必要があります。一方、個人は単独で活動しているようにも思えますが、実は「良い行動か悪い行動か」というのは、周りの行動を指針としながら是非を判断しています。
結果として、単独で行動してるつもりでも、手段として「何が良いのか」は集団によって何となく決まっている。それで徐々に個人の行動が決まり、組織全体の行動も固定化していく。この状態はなかなか崩せません。
そんな中で世界観や枠組みをアップデートし、変化していくためには、やはり「多様性」が重要な軸になります。個人でいろいろな要素を考えるのは限界がありますから、いかに新しくて今までになかった発想を組織の中に取り込めるかも重要です。
多様性に関するパフォーマンスについて、あるコンサルティング会社のレポートによると、例えば「3年以内に開発された新商品やサービスにおいて、チームの多様性が高まれば収益も高まる」というデータがあります。
多様性を組織でどんどん高めていけば、アップデートはできると思う人も多いかもしれませんが、多様性はわれわれの脳にはなかなか受け入れにくい。今までの方法が通用しないし、似ている考えや価値観を持つ人とのやりとりの方が圧倒的に楽ですから。
だから、作業の中に「摩擦」が出てきます。この摩擦が、新しい変化やアップデートにおいて重要な起爆剤です。摩擦を起こせない組織では、既存の方法が慣性の法則のように脈々と続きます。安定はしますが、変化が作れないのです。
こうした多様性や摩擦こそを組織が包容すべきであり、「それこそがわれわれの強みだ」と従業員みんなにきちんと訴えて納得させられなければ、組織は多様でも、摩擦ばかりが起きてしまいます。そして、その摩擦を組織の力に変えられずにパフォーマンスが落ちるというのが、データにも出ています。
リーダー・上司と部下の間で、きちんと同意ができていないという場合、部下の中に存在するいろいろな考えやその多様性を包容するレシピが作り上げられていない。その結果、多様性が摩擦だけを引き起こしてしまうんです。
そうならないように、リーダーシップやチームワークをもとに、さまざまな人が協力し、多様性を包容する空気感を作っていくことが大切です。