2022年7月1日に開催したイベント「イノベーションが起こる組織の条件」にて、ベストセラー『世界標準の経営理論』の著者、早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)の入山章栄教授と、システムアーキテクチャの第一人者、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の白坂成功教授が登壇。イノベーション創出を促す組織開発やコミュニケーションに重要な「センスメイキング」と「システム思考」を長年、追求し続けているアカデミア界の新進気鋭の2人が、日本企業からイノベーションが生まれにくい理由や、「経路依存症」の罠の克服方法などを、徹底的に語り合った。5回にわたり対談の内容をお送りする。(聞き手/ダイヤモンド社 ヴァーティカルメディア編集部 編集長 大坪亮、ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光、文/奥田由意、撮影/堀哲平)
答えのない時代に
ビジネスパーソンに求められるもの
――これからの時代は、異なる産業間がつながることで、個人やひとつの組織内の学習のみでは立ち行かなくなること、そして、ルーティーンを改善していく「シングル・ループ学習」と、その上流にある前提条件の変化を学ぶ「ダブル・ループ学習」に加えて、取り巻く環境を皆で学ぶ「トリプル・ループ学習」が必須である旨を、前回、白坂先生がお話くださいました。変化の激しい時代に突入している中、入山先生はビジネスパーソンに求められるものは何だと思われますか?
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)など。
入山章栄(以下、入山) 白坂先生にこれからの社会がどうなるかの話をしていただいて、すごくインスパイアされました。僕は経営学者なので、経営学的な企業や組織という目線で、お話をさせてください。
これから圧倒的に、変化が激しく、先が見えない時代になってくるわけです。では、ビジネスパーソンはどう対応すればいいのか? これが非常に大事なのでいつも強調するのですが、「答えがない」んです。私もわからない。誰もわからない。
でも、ビジネスパーソンに求められるものはあります。それは何かというと、「意思決定」する力です。正解がないのに、決めなくてはならない。これがものすごく重要なポイントで、私の理解では、日本のビジネス界における最大の課題は、この「決められる」人材が少ないことです。
多くの大手企業の人事関係のかたたちとお付き合いがありますが、彼らの共通の悩みは、次の社長候補がいないことなんですね。社長の仕事というのは、つまるところは「決めること」です。正解がないけれど腹をくくって決める。決めたら従業員とステークホルダーに説明する。そしてそれをやり抜く。企業はそういう「決められる」人材を育ててこなかった。
大手企業というのは、仕組みがしっかりとできていて、上から降ってきたことをこなしていれば業務が回るようになっている。そのため、20代、30代、40代は、「自分で決める」という場面も機会も与えられてこなかった。
それで50代となり執行役になってから、「(答えはないけれど)決めてください」と言われても、決められるはずはないですよね。意思決定力を向上させるには、「場数」しかないのです。
私はビジネスクールの教員で、私が教鞭を執る早稲田の経営管理研究科も、白坂先生が教授を務めていらっしゃる慶應のシステムデザイン・マネジメント研究科も、すごくいいところですから、関心があればぜひ来ていただきたいですけれど、ビジネススクールというのは、行けば豊富な知見や人脈が手に入るし、多くのケーススタディを学ぶこともできる。確かに素晴らしいことはたくさんある。だけども、本当に「一か八か」で決めるような経験値、意思決定力を上げるには、場数を踏むしかないんです。
今、僕が本当に危機感を持っているのは、大手企業の30代と、スタートアップの経営層の30代との間に、ものすごい差がついていることです。