インフレ・円安により、日本人が一斉に貧しくなったと痛感した2022年。今後の景気はどうなるのか? 資産を守り・増やすにはどうすれば良いのか? 稼ぐ力を上げるための自己投資は何をすれば良いのか? そんな不安を解決するための糸口を見いだすべく、『最新版 つみたてNISAはこの9本から選びなさい』(ダイヤモンド社)の著者で、つみたてでコツコツと資産をふやす長期投資を提言するセゾン投信代表取締役会長CEOの中野晴啓さんと、『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』(ダイヤモンド社)の著者で、長期厳選投資を専門とする農林中金バリューインベスメンツ常務取締役兼最高投資責任者の奥野一成さんのお2人に、資産運用とこれからのビジネスパーソンに必要な思考法をテーマに対談していただきました(対談実施日:2022年11月25日)。全6回の4回目をお届けします。(構成/北野啓太郎、撮影/石郷友仁)。
投資は胡散臭いのか?
日本人の美徳「清貧」について考える
投資信託「おおぶね」ファンドマネージャー、農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO) 京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(以上、ダイヤモンド社)など。
投資信託「おおぶね」: https://www.nvic.co.jp/obune-series-lp202208
農林中金バリューインベストメンツ株式会社:https://www.nvic.co.jp/
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奥野一成(以下、奥野) リアルな場で話をする中で最近思うようになったのは、「投資をしている人は胡散臭い人だ」と思っている人が結構いるってことです。特に円安が進む中で、預金通帳の2000万円の印字を見ながら、そう思っているわけです。
「投資をする人は胡散臭くて、自分は清貧である」と。清貧という言葉、みんな好きですよね。
中野晴啓(以下、中野) 日本人の美徳ですよね。
奥野 ですよね。でもこの清貧という概念について、最近は逆のことを思っています。通帳に書かれた残高2000万円の印字をジーッと見ている人って、ものすごくお金に執着し過ぎなんじゃないかと。
その2000万円の一部でもいいから懐(ふところ)から外に出し、ナイキでも、ディア・アンド・カンパニーでも、いいと判断した企業にお金を張り付けることで価値が増えていく。自分も儲かる可能性があると同時に、世界もよくなるというわけですよ。そっちの方が僕は正しいことだと思っていて、「一銭も減らないよね」と抱え続けているのは、実は貧しいんじゃないかと。
中野 ゼロサムの発想ですよね。
奥野 そうです。なので、そういうのは清貧とは言わずに、逆にお金に汚い人なんじゃないかと。
中野 吝嗇(りんしょく)ですね。日本人が吝嗇化していると。
奥野 そう、がめつい。お金を外に出すと、円が違う形に変わって旅行をし、それが大きくなってかえってくる。その大きくなる過程の中で、いろいろな人を助けていく。そんなイメージが、投資ということなんじゃないかな。
そういう話をすると、皆さんの目の色がパッと変わっていくんですよね。「そうだったのか」って。こういうのはあまり言う人いないですよね。
中野 だから清貧という言葉で、騙されるんですよ。英語でセルフィッシュと言うのですか、「自分だけよければ良い」の世界ですから。これだけ自分が抱え込めば、それ以外のところはどうなってもいいということなので。そのお金、まさに資金を投げるのが投資ですから、投ずる。みんなのためになる方向に動かしていくのが投資の原理原則なので、その意識を持ってもらいたいですね。
奥野 そうなんですよ。先進国の国民は、投資するのが権利というより、もしかしたら義務なんじゃないかと思うんですよ。
中野 ノブレス・オブリージュですよ。文化として無ければいけないですね。
親から「貯金しなさい」と言われて育った大人達
――お金に対する価値観は、親からの刷り込みや学校教育が影響しているようにも思います。「投資しろ」どころか「投資は危ないものだ」と言われて育った方も少なくないでしょう。投資へ踏み出すきっかけについては、どうお考えですか。
セゾン投信代表取締役会長CEO、一般社団法人投資信託協会副会長、公益財団法人セゾン文化財団理事
1987年明治大学商学部卒業、クレディセゾン入社。2006年セゾン投信を設立。2020年6月より現職。つみたてで、コツコツと資産をふやす長期投資を提言。国際分散型投資信託2本を15年以上運用し、個人の長期資産形成を支えている。客観的な定量評価を行う「R&Iファンド大賞」最優秀ファンド賞を9年連続受賞。口座開設数16万人、預かり資産5000億円を突破。主な著書に『最新版 投資信託はこの9本から選びなさい』『投資信託はこうして買いなさい』『最新版 つみたてNISAはこの9本から選びなさい』(以上、ダイヤモンド社)他多数。
セゾン投信株式会社:https://www.saison-am.co.jp/
中野 セミナーの中でも、最初に「皆さん親からこういうふうに言われてきたでしょ。とにかく社会に出たら一生懸命、銀行に預金しなさい。一生懸命、貯金して、貯金をしていれば立派な大人になれるんだ。そう言われてきましたよね?」と言うと、ものすごい共感が始まる。そうだそうだ、と。そんなこと共感してもらっても困るんですけど、「僕もそうでしたよ」と言いながら、まずは共感の空気をつくっています。
親からすれば、子ども達がお金で苦労しないよう「とにかく貯金しなさい」と、安全な行動規範を教えているのかもしれません。でも、社会に対して自分が何のために存在しているかというような、社会貢献的な部分も考える必要がある。そこを一歩越えて、高度な成熟社会に生きる高いレベルの国民生活者になっていくためには、自分が持っているものをどういうかたちで次の世代に伝えていくか。
奥野 そこは、大事ですね。
中野 自分たちは幸いにも今まで、それなりに豊かな生活ができてきた。でも社会には、若者や幼い子ども達もいますよね。そういう人たちが、どういう人生を送っていくか、どういう社会を生きていくか。それを想像しましょうよ、と。衰退した社会に生きていくことを嬉しいと思いますか? 日本人が海外に出稼ぎへいくような事態になったとき、「自分には貯金があるから大丈夫。出稼ぎしなきゃならない社会なんて大変だけど、自分には関係ない」と思いますか? それは嫌だなと思うなら、今、自分が生きている中でできることを一緒に考えましょう、と。
それは今持っているお金の一部でもいい、自分のためじゃなくて次の世代の人たちが、今並みの、あるいは今よりもより豊かな環境で健やかに生きていける社会づくりに向けて、一緒にできることをやっていきましょう。これが投資だと思います。投資というのはみんな共同でする活動ですから、投資信託というのはそういうものなんですね。みんながバラバラにやるものじゃない。
奥野 だからほんとにもう結局、結論は一緒なんです。一歩踏み出す。大きな金額をバーンと張ろうとするから怖くなる。100円からでもいいし、ちょっとでも一歩踏み出す勇気を持つということが大事。あと、そもそも貯金と投資というのを、二律背反的に捉え過ぎなんですよ。
中野 そう、二律背反になっていますよね。
奥野 投資と貯金が全然違うものではなく、お金のかたちが変わっているだけなんです。「ルビコン川を渡ったら、もうこっちには戻れません」みたいな話では全くないわけで、二律背反というものじゃない。
中野 そのとおりだと思います。
人の役に立てる大人になろう
ベストセラーとなった『ビジネスエリートになるための教養としての投資』の続編。「投資家の思考法」のエッセンスは、ビジネスの本質を見抜き、付加価値を上げるためのアプローチを見つけること。投資家のみならず、全ビジネスパーソンが、ビジネスエリートになるために持つべき重要な思考の武器である。
奥野 僕はいつも言っているのですが、「お金はありがとうのしるしなんです」と。ここの根っこに流れている、川の一番深いところには一体何があるのか。それは、ありがとうのしるしなんですね。人から感謝をされたときに企業は利益を生む、ということです。お金は単なる数字の羅列じゃないわけですよ。そこの奥には「感謝のしるし」が横たわっている。だから、そもそも論として「ありがとう」を生めないような企業には投資しちゃダメなんですよ。
中野 そのとおりですよ。
奥野 皆さん、お金を簡単に稼げたことって1回も無いですよね。それは何かと考えると、人の役に立つのは、そんなに簡単じゃないということです。子どもから「どうしたらお金を稼げるの?」と聞かれたら、「誰かの問題を解決したから、自分は給料を得ているんだよ」と答えれば良いんです。それがお金の本質ですから。そうすれば、子ども達は「ちゃんと自分で稼げるような、人の役に立つような大人になろう」と思うわけです。
それは投資でも同じで、ちゃんと「ありがとう」を集めることのできる企業の株主になることで、そこのオーナーになろうと思うわけですよね。ブラック企業にお金を出したら、簡単に3%儲かりました。短期的にそういうことはあるかもしれないけど、そんなものが長く続くわけがないです。なぜならそれは、「ありがとう」をつくっていないから。
中野 そう、持続的・継続的ではあり得ないんですね。必ずどこかで世の中が気が付く。
奥野 だから根っこが、人のためになるのか、ならないのか。これはふつうに小学校でみんなに教えている話なんですよ。でもそれが、お金と全く結びついていない。「人のためになりましょう」みたいな話があっても、最終的には「労働者になりましょう」としか、結論としては教わっていないんですよね。
中野 働くことが、パンと飲み物を得るための手段、苦役になっているんですよね。
奥野 でも、自分の仕事をそんなに蔑んでいる人って、いないと思うんですよ。
中野 そうだと思いますね。
奥野 だから「どうやったら金融教育ができますか?」と聞かれたときに必ず言うようにしているのが、「あなたが働いていて、誰かの問題を解決して、すごく苦労しながらお金を得ているという姿を子どもに見せる。そこが一番、大事なんだ」と。
積立投資じゃない、残念ながら。その本質は何なのかということを切り離して、符合としてのお金の話をしてしまうと、「利回りが高いものに投資しましょう」みたいな話にしかならないわけですよ。
中野 金融教育は、そっちへ行くリスクが非常に高いですよね。
奥野 今は高いですね。
中野 仕事とは何か、人の役に立つということは何かを考え、その結果として富が生まれる。金融教育をする際、この流れをきちんとプロセスを踏んで伝えていかないといけない。大人を相手に話していても、「給料はなぜもらえるの?」「それは働いたからです」みたいな話になるんですけど、違うんですよね。だから企業は、労働を搾取する存在になりがち。教育から変えないといけない。
島国根性で終わりにしてはいけない
奥野 苦役の話は、後進国の時代だったら通じるかもしれない。でも先進国は、プラスアルファを生み出すために世界の企業としのぎを削っているわけですよね、僕らは。
中野 そのとおりです、付加価値を生み出すために。
奥野 どうやったら生み出せるのかということを日夜考え続けないと、付加価値なんか出ないんですよ。1日8時間働いている人が12時間働いたら価値が生まれるのか、という話ではない。この国は時間とお金が結びついているから、すぐに残業禁止みたいな話になるのですが、「時間=お金」の発想は、後進国だった時代の工場労働者の考え方ですよね。
中野 いわゆる労働集約型のことを仕事、という風に呼んでいますね。
奥野 違うんですよね。顧客の問題を解決するのが仕事なんです。働く側から見るのか、それとも客サイドから見るのかの話なんですよね。顧客としては、「ものすごい役に立ったから、お金を払いましょう」となりますよね。
中野 だからデフレにもなったんですよ。「良いものが欲しい。でも安くなければ買わない」。こういうことを当たり前に言う国民に日本人はなっています。アメリカ人は高いものでも買うから、経済成長している。もちろんそこには賃金が上がっていくという循環があるから、高くてもしょうがないとなるのですが。結局、デフレ社会をつくり恒常化させたひとつの要因は、日本人自身の積み上げられたメンタリティにあることは間違いないですよ。
奥野 やっぱり先進国に早くならないと。
中野 だから心が遅れている、閉塞的な島国根性で終わりにしちゃダメなんです、これね。
つづく