『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』著者の読書猿さんが、「調べものの師匠」と呼ぶのが、元国会図書館司書の小林昌樹さんだ。同館でレファレンス業務を担当していた小林さんが、そのノウハウをまとめた『調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』は、刊行直後から反響を呼び、ネット書店ではしばらく品切れ状態が続いた。今回は全3冊にわたり、調べもののテクニックと図書館の活用術について、両氏が語り合う。対談の最終回に、二人の推し図書館を聞いた。第1回第2回はこちら(聞き手/書籍オンライン編集部)

【元国立国会図書館司書 小林昌樹さん選】

石川県立図書館(石川県金沢市)

 2022年7月に移転、リニューアル開館後、ネットで「映える図書館」として話題の図書館。大学時代の担当教員がたまたま館長になっていたりする縁もあって、先日見学に行ったのですが、たいへんユニークな図書館だと感じました。

 やはりポイントは、話題の「円形書架」。円形書架というと、図書館員は基本的にみんな嫌がるんです。ひとつには、書架を同心円状に配置する際に段差をつけるわけですが、この段差がブックトラック(本を運ぶ台車)の邪魔になること。ほかにも面積あたりの収蔵効率が悪くなるなど、いくつかの理由があります。

 ただ、この図書館では、円形書架をそういう普通の書架としては使っていないんです。文脈棚とでも言うのでしょうか、正確には普通の蔵書とは切り離した形で、ブロックごとに特殊なテーマを設定して、期間を区切って多くを面陳(書物の背ではなく表紙を見せて陳列すること)している。それで、「このテーマでこういう本もあるのか」と知ってもらうのが狙いです。したがって、運用面で問題をほぼ回避しているのです。

 利用者として嬉しいのは、館内で小声ならおしゃべりをしてもいいこと。もちろん写真を撮るのも自由。周りの迷惑にならなければ基本は自由という、海外のカルチャーに倣っているんですね。個人的にも日本の図書館は規則が厳しすぎると思っていて、これは良い取り組みだなと感じます。

 日本では1970年代に「ポストの数ほど図書館を」というスローガンが掲げられ、「歩いて行ける場所に小さな図書館をたくさんつくる」という施策がとられました。多くの人にとって図書館が身近な存在になる一方で、館内の席数が限られたり、利用者も長居はできなかったりと、小規模ゆえの制約が少なくなかった。しかし、いまは時代が違うので、この図書館のように町の中心部から少し離れたエリアに滞在型の大きな図書館をつくるという事例が増えつつありますね。

 若い世代も含めた幅広い層の利用者を意識した工夫が見られるなかで、私のようなマニアの居場所があるのも嬉しい。4階の「リング(書架と閲覧席に挟まれた回廊)」には、戦前ドイツのマイヤー百科事典のような、普通の図書館なら書庫に入っているような古い資料が、ずらりと開架で置かれています。実際にこうした資料を活用する利用者は限られていたとしても、「ネットとは違う書物のポテンシャル」のようなものを直観的に訴えかける効果は、おおいに期待できるのではないでしょうか。詳しくは皓星社さんのメルマガにも書きましたが。

浦安市立中央図書館(千葉県浦安市)

 浦安市民だったころ、よく利用していました。書庫でじっくり執筆できるのがよかったですね。1980年代の優等生的図書館で、上の石川県立図書館のような「滞在型」の図書館の走りといえます。

国際子ども図書館(東京都台東区)

 明治時代のレンガ造りの図書館(旧帝国図書館)を、建築家の安藤忠雄が改修・増築したことで知られています。オリジナルの意匠や構造をなるべく残しながら、2つのガラスボックスが既存の建物を貫くという大胆なイメージで、建物自体をうまく資料化している点がポイントですね。児童書だけでなく児童書研究ができるレベルの研究書が揃っていますし、ぶらりと上野に散歩に行くついでに立ち寄りたい図書館です。

都立中央図書館(東京都港区)

 以前、「戦前の住宅地図が見たい」といって、国会図書館の地図室を訪ねてきた利用者がいたんです。普通に答えるならば「戦前の住宅地図はありません、さようなら」で終わるのですが、そこは前の記事でも紹介した「~として法」の発想で、「戦前につくられた『火災保険地図』を見ればいいのではないか」と思いつくのがベテラン司書。その火災保険地図の復刻版が所蔵されているのが、この都立中央図書館。東京の郷土史を調べるときに重宝しています(本当は東大の明治新聞雑誌文庫を使い倒したいのですが……)。

国立国会図書館東京本館(東京都千代田区)

 言わずと知れた「日本国内で出版されたすべての出版物を収集・保存する日本唯一の法定納本図書館」。プラモデルやゲームなど趣味の雑誌や新聞を調べるならここに限ります。(国立国会図書館デジタルコレクション解禁の対談記事はこちら

【読書猿さん選】

鳥取県立図書館(鳥取県鳥取市)

 以前、ニューヨークにある「ニューヨーク公共図書館」を題材にしたドキュメンタリー映画について、Dainさん(書評ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」管理人)と対談したことがあります。

 映画の宣伝では「アメリカの図書館はやっぱりすごい」みたいなことを謳っているのですが、そのときに「海外はすごくて日本はダメだ」みたいな話になっちゃうと面白くないよねと。日本にもすごい図書館はあるんだと言っていかなくてはならない。ではどこを出すか……というときに名前が挙がったのが、この鳥取県立図書館です。

 ニューヨークの図書館では職探しのサポートなどをしているのですが、鳥取県立図書館も負けていない。ビジネス支援や医療支援、引きこもり支援など、本当にいろいろな取り組みを行っています。

 よく知られているのは、地元の防災関連機器メーカー「沢田防災技研」のエピソードです。当時サラリーマンだった創業者の沢田さんという方が、仕事で外回りをしていたときに、「強風でシャッターがよく壊れる」という町の人の悩みを聞きつけて、シャッターの補強器具を開発しようと思い立つのですが、特許を取るにはどうすればいいのかとか、製品テストはどのように行えばいいのかとか、「製品化」にまつわる一切がわからない。

 そこで、ビジネス支援を行っていた鳥取県立図書館に行って相談したら、それこそ資料を出すだけではなく、金融公庫や司法書士、産業技術センターの人など、起業に欠かせないキーマンたちに紹介してもらえて、いまや「シャッターガード」という商品で全国展開しているという事例があるのです。

 医療支援についても、きちんと医師会や看護師会と連携して図書館での医療相談を行っています。そのうち、利用者にも目の肥えた人が増えてきて、蔵書に『家庭の医学』があるだけでは物足りず、もっと専門的な書籍やデータベースがほしいという声が上がるようになってきた。そうやって、利用者も巻き込みながらサービスが拡大していくという、とてもいい循環が起きている図書館です。

県立長野図書館(長野県長野市)

 いまいちばん新しくて旬な図書館といえば、上で小林さんが挙げられた石川県立図書館なのですが、それ以前にいちばん新しいといわれていたのがこの長野県立図書館。ここにはビジネス機器メーカーが入って3Dプリンターやレーザーカッターなどを置いており、モノづくり機械に触れる場所を利用者に提供しています。旧来の図書館の延長線上で意欲的な取り組みを行っているのが石川だとすれば、民間とも連携しながら新しい要素を取り入れているのが長野という位置づけですね。

滋賀県立図書館(滋賀県大津市)

 先ほど小林さんが、1970年代の図書館事情について話しておられましたが、その「小さい図書館をたくさんつくる」というムーブメントを仕掛けたのが、前川恒雄さんという図書館人です。この人も石川県出身で当地でいくつか図書館に努めた後、1960年に日本図書館協会に勤務するんですが、ここでまとめた『中小都市における公共図書館の運営』(略して『中小レポート』と呼ばれます)が、このムーブメントの起点となります。協会の事務局長であった有山崧(たかし)が日野市長になり、『中小レポート』の実務を担当した前川さんも日野市立図書館長として、「何でも、いつでも、どこでも、誰でも」を目標に掲げて、車に本を積んだ移動式図書館を導入したり、とにかく図書館を利用者に近づけることに努めた。

 ところが前川さん本人は後年、大型図書館に行き着くんですね。それが滋賀県立近代図書館で、前川さんは1980年から館長をつとめられました。利用者からリクエストのあった本は、内容にかかわらず購入して提供するといった基本方針をとり、図書館カルチャーを地元に根付かせた立役者でもあります(※のちに滋賀県は、県民1人あたりの貸出点数で全国1位になる)。利用者目線で運営されている、とてもいい図書館です。

ニューヨーク公共図書館(アメリカ・ニューヨーク)

元国立国会図書館司書が教える「最高の図書館」ベスト52017年には映画にもなっている(映画公式ページ、上映は終了)。

『独学大全』を書いているときがちょうど、世界中がコロナで大変なことになっている時期でした。ニューヨーク公共図書館は、その時点でもまだメールでのレファレンスを受け付けていたんです。メールで質問を送ると、かなり難しいことを聞いているのに、正味2日くらいで答えが返ってくる。

 もうひとつ驚くのが、この図書館は一種の観光名所でもあるので、地元市民でなくてもネット経由で事前に登録しておくと、利用カードをつくってもらえるのです(有効期間は1ヵ月)。さらに、カードを持っていると、実際にニューヨークまで行かずとも、遠隔から図書館のデータベースを利用できて、そこ経由でさまざまな学術データベースや商業データベースにアクセスできる。大学にいる研究者と違って、独学者が学術的なデータを利用するのはすごくハードルが高いので、日本でもこのようなサービスが県立図書館レベルでできるようになってほしいと、切に願いますね。

 コロナ期間中は本当にお世話になったので、いつか「お礼参り」に足を運びたいと思っています。

千代田区立図書館(東京都千代田区)

 千代田区役所が入っている大型ビルの上階に位置する図書館。映画「ニューヨーク公共図書館」の対談をした後、「スゴ本」ブログのDainさんに「私の推し図書館へ行きましょう」と連れて行ってもらったところです。

 この図書館の最大のポイントは、世界一の本の町である「神田神保町」にほど近いこと。それだけに、古書街をフィーチャーした企画棚があって、神田の古本屋さんが交代で棚づくりを担当しています。ご存じのように、神保町にはものすごい数の専門古書店があるので、企画も本当にバラエティ豊か。最近はどのくらいの頻度で更新されているのかわからないのですが、コロナ以前は月イチくらいの頻度で定期的に棚が変わっていて、地元の底力を感じましたね。

 利用者の感覚としては、図書館と古書店ってライバルとは言わないまでも、あまり仲良さそうにしているイメージがない。ここまでがっつりコラボしているケースは、全国でも珍しいのではないでしょうか。残念なのは、神保町からはやや歩くので、古書店街を訪れた人がなかなか千代田区の図書館までは足を延ばさないことですね。ぜひ、セットで訪れてほしいと思います。

小林昌樹(こばやし・まさき)
元国立国会図書館司書、『調べる技術』著者
1967年東京生まれ。1992年慶應義塾大学文学部卒業。同年国立国会図書館入館。2005年からレファレンス業務に従事。2021年退官し慶應義塾大学でレファレンスサービス論を講じる傍ら、近代出版研究所を設立して同所長。2022年同研究所から年刊研究誌『近代出版研究』を創刊。専門は図書館史、近代出版史、読書史。
編著に『雑誌新聞発行部数事典: 昭和戦前期』(金沢文圃閣、2011)などがある。『公共図書館の冒険』(みすず書房、2018)では第二章「図書館ではどんな本が読めて、そして読めなかったのか」を担当した。