『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』著者の読書猿さんが、「調べものの師匠」と呼ぶのが、元国会図書館司書の小林昌樹さんだ。同館でレファレンス業務を担当していた小林さんが、そのノウハウをまとめた『調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』は、刊行直後から反響を呼び、ネット書店ではしばらく品切れ状態が続いた。今回は全3冊にわたり、調べもののテクニックと図書館の活用術について、両氏が語り合う。第1回はこちら(聞き手/書籍オンライン編集部)
ほしい資料が必ず見つかる探し方
――読書猿さんは、小林さんを「調べものの師匠」と呼んでおられますね。改めてその理由を教えていただけますか?
読書猿:これはまったく実利的な話で(笑)、少しお話するだけで、自分の探しものスキルがどんどん上達するからです。
一番強烈に覚えているのは、小林さんとやりとりするようになった最初の頃、僕は『独学大全』にも載せた「シネクドキ探索」の話をしたんです。
シネクドキとは、日本語で「花見」といえば〈花一般〉を見ることではなく〈桜の花〉を指すように、上位概念を下位概念、あるいは下位概念を上位概念で言い換えるレトリックのこと。僕はこれに発想を得て、「調べたいこと自体が見つからないなら、その上位概念や下位概念を探してみる」という技法を「シネクドキ探索」と名付けました。
小林さんは、この話を聞いてすぐに「僕だったら探したいものをファセットで表して、それぞれを上下に動かす」という話をされたんですよ。
小林昌樹(以下、小林):ファセットというのは、図書分類における概念のひとつです。資料のテーマについて、「時間」「場所」「形式」などの属性を抽出し、それらを組み合わせて分類記号をつくるのです。ファセットの話をして、すぐにわかってくれた人って読書猿さんが初めてなのではないかな。でも、本来はもっと知られるべき概念ですよね。
読書猿:目からウロコが落ちた思いでしたね。これだけで、シネクドキ探索はバージョンアップしました。めちゃくちゃ探しものがはかどるんです。
たとえば「ヘミングウェイ」について調べたいとしましょう。
まずは、「アメリカ―小説家―資料」といった具合に、探したいもの(ヘミングウェイ)を複数の要素で表して、それぞれに対して上位概念や下位概念を考えていきます。
「アメリカ」から上位概念へと探索を広げるなら、「英米」「西洋」「世界」などの概念が浮かぶでしょう。「小説家」からは「文学者」「人物」などが浮上します。
「資料」は下位概念を考えて、「事典」「辞典」「研究書」「一般書」「論集」「論文」などへと広げていく。さらに「事典」からもっと特殊な事典へと進むこともできます。「案内」なんていうのもありますね。
ヘミングウェイほどの作家なら、『ヘミングウェイ大事典』(勉誠出版)という本がありますが、たまたま自分がいる図書館にこの本がなくても、「アメリカ」「文学者」「事典」を組み合わせれば、『アメリカ文学作家作品事典』(本の友社)という本が見つかるかもしれません。
あるいは「アメリカ」「文学」「辞典」なら『アメリカ文学必須用語辞典』(松柏社)。「アメリカ」「文学」「案内」だと『アメリカ文学案内』(朝日出版社)などが見つかります。
一つのキーワードで上位下位を考えるのでなく、複数のキーワードから始めて、キーワードそれぞれに上位下位を考えるだけで、柔軟性がとんでもなく上がる。もう図書館に資料がないなんて言わせない、となるわけです(笑)。
「人文リンク集」を活用せよ
――まさに、図書館司書ならではの発想が、調べものの効率に差をつけるわけですね。小林さんの『調べる技術』には、さまざまなヒントが提示されていますが、とりわけ重要なポイントを教えてください。
小林:前提としては、基本的な予備知識が必要ですよね。たとえば「論文専用のデータベースがある」とか。その論文データベースにも、国立情報学研究所系のものと国会図書館系ものがある、というようなことを知っておいたほうがいい。
こうしたデータベースへのリンクを網羅していたのが、90年代に登場した「アリアドネ」という個人サイトです。当時はおおいに重宝されたものですが、やはり個人でメンテナンスを続けるのには限界があったのか、残念ながら2010年代半ばに更新停止となってしまいました。
いま現在、一般の人も利用できる専門データベースの全分野的リンク集で、過不足なくメンテナンスが維持されているのは、私が知る限りは国会図書館の「人文リンク集」です。広めに調べものをしたい人は、まずここを押さえておくべきでしょう。
検索しても、調べものの答えが見つからなかったら?
小林:もうひとつ、『調べる技術』で紹介したメソッドのなかで覚えておきたいのが、「として法」という考え方。すなわち、ある資料を「本来の目的以外」で利用するというものです。なぜなら、調べものの答えは、思っていたとおりの場所に「ない」ことのほうが多いからです。
私は趣味で出版物や読書の歴史を研究しているのですが、たとえば「雑誌屋」という、書店とは違う形態の販売形式について調べたいと思ったとき、スタンダードに百科事典を引いても出てきません。戦時中に消えてしまっていた商売ですからね。
そんなときにどうするかというと、『日本国語大辞典』という、日本最大の国語辞典を引くのです。すると、ちゃんと「雑誌を売っている店舗」という最低限の語釈と共に、「これこれこういう文献で使われていますよ」という情報が出てくるので、そこを手掛かりに調べものを広げていけます。
つまり、国語辞典を百科事典「として」利用することで、古くて百科事典の索引には出てこないような項目についても知ることができるのです。これが「として法」です。
あるいは、江戸時代の風物について知りたいと思ったとき、通常は『江戸学事典』に当たりますが、ここに出てこないこともたくさんある。そんなときは『川柳大辞典』を引きます。江戸時代の川柳が題材ごとに収録されているもので、当時の風物はだいたい出てくるのです。
対談の第1回で読書猿さんが、「司書はどんなジャンルでも、100点とは言わないにせよ70点の答えを出してくる」と言ったのは、そういうカラクリなんですね。ある資料を調べて答えが見つからなくても、次にどこを当たればいいかわかる。ベテランほど、それが感覚的にできるんですよ。
図書館司書の仕事が「魔法」に見える理由
読書猿:それが、何も知らない利用者からすると魔法のように見えるんですよね。なんで川柳という発想が出てくるの?って思っちゃう。
小林:もちろん経験もあるでしょうね。たとえば昔は、図書館に入ってすぐにレファレンスの司書になることはできなかったんです。国会図書館の場合、まずは下積みとして出納係を何年かやらないといけない。もう昔の風習ですけどね。
出納係とは、何百万冊もある書庫の蔵書を物理的に取り出す仕事です。利用者って本当にあらゆる資料を請求してくるので、出納係をやっていると生まれて初めて見るような種類の本もたくさんあるんですよ。『全国高額所得者名簿』とか。そういう資料を出し入れしているうちに、蔵書の種類の全パターンが感覚的にわかるようになってくるのです。
利用者は、基本的に「いま」の枠組みでしか物事を見られません。だから「江戸時代の新聞を見たい」などと、大真面目に聞いてくる。そこで「江戸時代に新聞はありません、さようなら」と対応するのは、ある意味で専門家の答えとしては正しいのだけど、レファレンスサービスはできる限り利用者の要望に応えるのが仕事だから、すぐには諦めない。そこで知見が積みあがっていくわけですね。
「江戸時代の新聞」の話でいうなら、江戸時代の「随筆」のインデックス、『日本随筆索引』というものがあります。随筆とは、町の人々が今日こんなことを聞いた、それについて自分はどう思う……みたいなことをさらさらっと書いたような文章。そういう江戸時代の文章が大量に残っていて、それを内容ごとに整理したものを、明治時代の帝国図書館員がわざわざつくったんです。これは言うなれば、江戸時代の新聞データベースですよね。
こんなふうに「として法」の発想があると、調べものの幅が大きく広がります。もちろん、今お話ししたようなマニアックな用例は、一般の方は思いつかないかもしれませんが、その点は『調べる技術』にたくさん事例を紹介しておきましたので、参考にしてください。
元国立国会図書館司書、『調べる技術』著者
1967年東京生まれ。1992年慶應義塾大学文学部卒業。同年国立国会図書館入館。2005年からレファレンス業務に従事。2021年退官し慶應義塾大学でレファレンスサービス論を講じる傍ら、近代出版研究所を設立して同所長。2022年同研究所から年刊研究誌『近代出版研究』を創刊。専門は図書館史、近代出版史、読書史。
編著に『雑誌新聞発行部数事典: 昭和戦前期』(金沢文圃閣、2011)などがある。『公共図書館の冒険』(みすず書房、2018)では第二章「図書館ではどんな本が読めて、そして読めなかったのか」を担当した。