『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』著者の読書猿さんは昨年「独学」「執筆」に加えて「復刊」をライフワークとしていくことをTwitterで宣言した。この連載「読書猿が推す『良書復刊』プロジェクト」では、読書猿さんが推す復刊本や、復刊に関係する話を紹介していく。
2022年5月19日より、国会図書館による「個人向けデジタル化資料送信サービス」がスタートする。ごく簡単に説明すると「国会図書館デジタルコレクション所蔵の絶版本や雑誌が、自宅で読み放題になる無料サービス」だ。読書猿さんは、このニュースは全国の独学者にとっても福音であると話す。今回は、元司書でレファレンス担当だった書物蔵さんを対談相手に迎え、同サービスの使いこなし方、楽しみ方を語ってもらった。(取材・執筆/藤田美菜子)

元司書が語る! 国立国会図書館の絶版本「読み放題解禁」がスゴい

「自宅の隣に国会図書館」のインパクト

――今回スタートする、国会図書館の「個人向けデジタル化資料送信サービス」の意義について、改めて教えてください。

書物蔵:わかりやすく言うと、自宅の隣に国会図書館がたつようなものです。これまで永田町に足を運ばなければ読めなかったような古い資料が、家にいながらにして使えるようになる。とりわけ地方在住者にとっては非常にありがたいサービスといえます。

読書猿:ごく基本的な話をすると、国会図書館というのは原則として「日本で出版されるすべての本が収められる場所」です。さらに、すべての本を保存するという使命のもとで、資料のデジタル化を行っている特別な図書館でもあります。

 国会図書館の所蔵資料約4560万点のうち、デジタル化が完了しているものは約279万点(令和4年1月現在)。その一部は「国立国会図書館デジタルコレクション」(以下、デジコレ)として、すでにインターネット上で公開されています。しかし、公開の範囲は主に著作権保護期間が満了したもの、つまり、明治や大正期の古い資料が中心でした。

 しかし、今回スタートするサービスでは、これまで「図書館送信」の対象だった本や雑誌が、新たにインターネット公開のラインナップに加わります。

 著作権上の理由でインターネット公開されていないデジタル化資料のうち、絶版などの理由で入手が困難なものについては、「図書館送信資料」として、従来は全国の公共図書館や大学図書館などの館内でのみ利用が可能でした。

 これらが、著作権法の一部改正によって、新たに自宅でも読めるようになったというわけです。

元司書が語る! 国立国会図書館の絶版本「読み放題解禁」がスゴい今回公開される資料のリスト(国立国会図書館HPより

インターネット公開資料が一気に4倍に

――単刀直入に伺うと、それはどれくらい「スゴい」ことなのでしょうか?

読書猿:点数でいうと、従来デジコレで公開されていた資料が56万点。ここに新たに153万点が加わって、一気に4倍近くに増えることになります。とりわけインパクトが大きいのが雑誌で、実に2万点から84万点へ拡大されます。

 これに伴い、より新しい資料が利用できるようになりました。国会図書館の発表によると、書籍に関しては1968年ごろまでに受け入れたもの、雑誌に関しては刊行から5年以上経過したものまでデジタル化が完了しています。

 つまり、昭和40年代前半までに刊行された書籍や、平成期に刊行された雑誌などが利用できるのです。

書物蔵:補足しておくと、いわゆる週刊誌や情報誌などの商業雑誌については、100年前のものでさえ館内限定になっているため、表には出てきません。デジコレで利用できるのは、主に学術雑誌や業界誌です。とはいえ、これはこれで宝の山ですね。

読書猿:業界誌の中には、僕たちの感覚からすれば商業誌に近いものもありますよね。INAX出版が2020年まで出していた建築雑誌の『10+1(テンプラスワン)』とか。

書物蔵:業界誌やPR誌の多くは「配りもの(関係者への配布物)」なので、なかなか古本屋にも出回らないんです。そうした資料が手軽に利用できるようになるのは喜ばしい。

読書猿:一般人の目には留まりにくかった、学会・業界の小さなコミュニティの中での成果が公開されるという意味でも意義ぶかい。ボリューム的に見ても、大宅壮一文庫(日本最大の雑誌専門図書館)のデータベース70万点を上回るというのは、特筆すべきことだと思います。

「埋もれた名著」の発掘に期待

――デジコレに新たに加わった絶版資料のラインナップを、どのように使いたいと思っていますか?

読書猿:個人的に、絶版になってしまった良書の復刊をライフワークにしたいと思っていて、その候補をリストアップするのに活用したいと思っています。

 昨年、『独学大全』の中で紹介したことがきっかけになって、『現代文解釈の基礎』という長らく絶版になっていた参考書が筑摩書房から復刊されました。この本も初版が1963年ですから、まさに今回新たにインターネット公開されるゾーンと重なります。

 僕がとりわけ注目しているのが「事典」のジャンルです。1960年代は事典ブームの最盛期で、豊富な画像をウリにした百科事典やマニアックな専門事典などが数多く刊行されました。

 欧米ではいまも優れた百科事典が出続けているのに、日本では、複数冊で構成される大型専門事典の企画は、60年代をピークに減っていき、ほとんど見られなくなった。今回のインターネット公開をきっかけに昔の良書が注目されることで、新たなブームが起こらないかと期待しています(※デジコレでチェックしたい事典類については「後編」で紹介予定)。

 僕は以前ブログ↓で、当時のデジコレのインターネット公開資料の中から、調べ物に役立つ事典や書誌などを抜き出したリストを紹介したことがあるのですが、これを機にその拡大版もつくりたいですね。
今すぐ無料で手に入る150の辞書ー国会図書館デジタルコレクションが提供する日本の辞書を分野別に紹介する

書物蔵:私の場合は在野研究をしているので、自分の研究に使える資料を探すのに役立てたいですね。この場合、資料のタイトルがあらかじめわかっているわけではないので、それなりの検索スキルが必要になります。

 200万点以上あるデジタル化資料の中から、目当てのものを引っ張り出すのは容易ではありません。基本的なアプローチとしては、最も一般的な図書館の分類システムであるNDC(日本十進分類法)の分類番号で、書架の前でブラウジングするような感覚で探してみるといいでしょう。

 個人的には、全文検索システムの今後の発展にも期待しています。

「外圧」で実現した図書館改革

――いま、このタイミングで絶版本のインターネット公開が実現した背景は?

書物蔵:平たく言えば「外圧」ですね。新型コロナウイルス感染症の流行で、全国の図書館が9割も閉館したり、開館していても利用制限がかかっていたりした時期に、大学院生やライターといった人々を中心に「資料難民」が続出しました。それで、来館しなくても資料が利用できるサービスの需要が一気に高まったのです。より正確に言えば、これまでもずっとあった需要が一気に顕在化したということですね。

読書猿国会図書館のプレスリリースでも、「コロナ禍によりニーズが高まった」と、素直に外圧の存在を認めていますね(笑)。

 これまでは、デジコレを自宅で個人が見られるのは便利だけれど、そんなことをすれば本が売れなくなるんじゃないかということで、出版界の抵抗も小さくなかったんです。しかし、いざコロナ禍になって図書館が使えなくなると、翻訳者や校正者をはじめ、本をつくる仕事をしている人たち全般が作業に支障をきたしたので、実は出版界も困ったんですよ。そのことも、今回の追い風になったのではないかと思います。

――「独学」の観点からも、今回の国会図書館の取り組みは大きな意味を持ちますか?

読書猿:それは言うまでもないでしょう。

 先日、『近代出版研究』という雑誌の創刊号に「独学書の歴史」に関する原稿を書きました。執筆中に調べていて気づいたのですが、歴史的に見ても、経済的・地理的な事情で人が学校に通えなくなった時期には、通信教育が伸びるんです。いまのコロナ禍もまさにそうですね。

 この時期に、自宅で利用できる図書館資料が増えるということは、独学のムーブメントを大きく後押しするのではないかと期待しています。思えばインターネットが登場したとき、「自宅でもこんなことが調べられるのか」と驚きましたよね。国会図書館のデジタルコレクションがインターネット公開されたときもそうでした。

 これは欧米では普通のことで、日本の国民でもドイツの図書館をネット検索できますし、アメリカの図書館のレファレンス担当にチャットで質問することもできます。われわれはまったくアメリカやドイツの税金を払っていないのに。でも、それが彼らにとっての「図書館」なのです。

 別に張り合う必要はありませんが、彼らにできることが、なぜ日本ではできないのかという思いはずっとありました。いまようやく、そこに追いつきつつあるのは感慨深いですね。

書物蔵(しょもつぐら)
2005年からブログ「書物蔵」を始める。その後、某図書館でレファレンス業務に携わった。専門は図書館史、近代出版史。共著に『本のリストの本』(創元社)、監修に『昭和前期蒐書家リスト:趣味人・在野研究者・学者4500人』(同人誌)がある。『近代出版研究』(皓星社発売)にも携わる。
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