ではなぜシンテックは成功できたのでしょうか。

「合理的な経営」を徹底的に追求したことだと思います。シンテックは私にとって経営の原点であり、ここで培った経営手法は、後に信越化学やグループ会社の経営でもさまざまに応用してきました。

 具体的にはどういうことですか。

「合理的な経営」の基本となるのは少数精鋭主義です。

 ダウ・ケミカルの名経営者だったベン・ブランチ元CEOが、かつてシンテックを「最初からリストラされた会社である」と評されたことがあります。これは、もともと必要最小限の機構と人員で仕事をしているので、不況期にもリストラを行う必要がないという意味です。営業担当者は必要最小限の人員ですし、経理および財務社員はたった2人です。工場長は人事、購買、総務などを1人で担当しています。このように少数精鋭主義を徹底した結果、売上高が3148億円(2015年12月期)となった現在も、社員数は550人程度しかおりません。

 

 それほどまでに少数精鋭主義にこだわった理由はどこにあるのですか。

 競合企業に勝てるか否かは、総コストを世界最低にできるかどうかにかかっているからです。

 シンテックの事業を始める際、私は当初から無駄なものはいっさい省いた経営を行おうと決めました。アメリカの人件費はけっして低くはありませんが、少数精鋭主義を実現することで、コスト競争力を高めることができます。

 優れた製品を生み出すモノづくりは、最新かつ最高の設備にしっかりとお金をかける一方で、人員と機構は極端なまでに簡素化することで実現できるのだと考えています。

 社員の雇用を維持するために組織をつくるという本末転倒なことをしていては、少数精鋭は実現できないでしょう。

 少数精鋭主義を実現するうえで、どのような人材教育を行ったのでしょうか。

 特別なことはしていません。最初から人が少なければ、人は精鋭に育つものだと思っています。

 社員教育は基本的にはOJTです。特に、能力のある社員にはできるだけ多くの仕事の機会を与えます。するとその社員は優先順位を見極め、効率よく仕事をするようになります。人材は育てられるものではなく、みずから切り開いて成長していくものだと考えています。ですから与えられた機会を活かしてみずから伸びていく社員がいれば、さらに重要な仕事を任せて伸ばしていきます。

 若手社員の場合、まずはベテラン社員が手本を示します。そして成果を上げた社員に対しては、ほめたり報奨を与えたりするなどして、しっかりと評価しなければなりません。

 私が尊敬する山本五十六連合艦隊司令長官は「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」とおっしゃっています。これこそが人材育成の要諦だと思っています。

 また、いわゆる「ジョブローテーション」もあまり行いません。日本の多くの企業では定期的に異動させてさまざまな仕事を経験させますが、少数精鋭を実現するためには、社員たちがそれぞれの道で専門家にならなければなりません。一つの仕事をできるだけ長くやらせることで、専門知識のみならず、経営において大事な判断力や執行能力などが身につきます。

 社員がみずからの努力で伸びていくことを奨励する一方で、金川さんは「向こう傷を恐れよ」とも言っていますね。

 はい。特に若い社員に新しい仕事を任せる場合、上司が部下に思い切って仕事をさせるために「向こう傷を恐れるな」と言うことがあります。しかし、これは経営者や管理職としては非常に無責任な姿勢だと思います。

 まだ実力が不十分な若手に大きな仕事を任せたら、失敗をしたり、他社に負けたりするのは当然でしょう。人は成功体験を積み重ねていくことで成長するものです。社員が大きな傷を負う前に、上司は未然に防ぐためのフォローをしなければなりません。

 また、個人にとっては「向こう傷」にすぎなくても、多くの社員が失敗をすれば、会社全体としては大きな損失となります。だから私は常に「向こう傷を恐れよ」と言っているのです。