一回もないんですか。

 はい、ただの一度もありません。安易に大量採用して、「やらせる仕事がないから解雇する」というのでは、まったく無責任でおかしな話です。必要な人しか採用せず、そして、いったん採用したら終身雇用を前提に大事に処遇すべきです。

 御社では年功序列を排して実績主義を徹底しています。しかし一方で、社員のクビを切らない終身雇用も重視しています。実績主義と終身雇用の二つは両立するものなのでしょうか。

 先ほども申し上げましたように、私は一度も業績を理由に社員を解雇したことはありません。社員を採用した側として、社員とその家族の生活を守り、社員が定年まで勤められる会社であり続けることは経営者の責務です。その責任の重さを知っていれば、安易に大量採用などできません。

 もちろん、終身雇用だからといって年功序列で人を評価するようなことはけっしてしません。実績主義を徹底し、結果を出した社員にはきちんとした処遇を行います。ここで大事なのは、実績で公平に評価することです。口先だけではいけません。元社長の小田切さんは、「何を言ったか」ではなく「どんな実績をつくったか」で人を評価する人でした。この実績で人を評価するというのは、長く続いている当社の企業文化といえます。

 実力主義と終身雇用は矛盾しないということですか。

 まったく矛盾しません。人は誰しも意気に感じれば、立派に仕事をしてくれます。それでも手のつけようがない社員がいるとなれば、それは採用した側の責任でしょう。

 とはいえ、採用時にその人の能力を見極めるのは困難です。ですから一度採用した人は何年間もかけて、その人の実績を正しく評価するしかないんです。

 ビジネスマンの能力を分析してみると、先見性や判断力というのは天性の素質による部分が多いと思います。いくら経験を積んでも先見性などのひらめきがない人は、重要な局面で的確な判断ができません。各人の資質に応じてふさわしい仕事を任せていくしかないのです。また、成果を上げた社員には報奨や地位などの面でしっかりと報いることが大切です。

 そうすることで社員たちはやる気を高めてくれるというわけですね。

 そうです。採用は少人数に留め、その社員たちを終身雇用や正しい人事評価を行うことで、社内には忠誠心や一体感が醸成されます。その一体感が業績の向上につながり、会社の成長を支えることになります。その結果、さらに優秀な社員たちが入社するという好循環につながるのです。

*つづき(後編)はこちらです


●聞き手・構成・まとめ|松本裕樹(ダイヤモンドクォータリー編集部) ●撮影|中川道夫


>>後編『【追悼】信越化学・金川千尋会長、「後継者は育てるものではない」と語った真意』を読む