泉房穂・明石市市長明石市の5つの無料化は「所得制限なし」。対象は「すべての子ども」。それにはいくつもの理由があると泉房穂明石市長は言い切る 写真:片岡杏子

通常国会の施政方針演説で岸田文雄首相が「異次元の少子化政策」に言及し、東京都や福岡市などが所得制限なしの子育て支援策に乗り出しています。それより10年も前から子どもに関する5つの無料化政策に着手したのは兵庫県明石市の泉房穂市長です。明石市の5つの無料化は「所得制限なし」、対象は「すべての子ども」で、泉市長は「所得制限なし」が今の日本に必要な「経済施策」だと言い切ります。増税はできない、財源も豊かではない明石市で、なぜ実現できたのか?泉市長の著書『社会の変え方 日本の政治をあきらめていたすべての人へ』(ライツ社刊)から泉市長が「子ども」施策を最優先にした信念を紹介します。

全国初なんて
実は残念で、恥ずかしいこと

 子ども施策、中でも「5つの無料化」は、よく「明石市すごい!」というフレーズとともにマスコミで取り上げられます。

〈5つの無料化〉
・18才までの医療費
・第2子以降の保育料
・中学校の給食費
・公共施設の遊び場
・おむつ定期便(0才児見守り訪問)

 わかりやすく伝えるため、私自身もあえて「養育費の立替払」などの新しい施策に、「全国初」「関西初」「県内初」とキャッチーな言葉を添えたりもします。

〈寄り添う施策〉
・養育費の立替払&親子の面会交流支援
・児童扶養手当の毎月支給
・戸籍のない子どもの支援
・こども食堂をすべての小学校区で開催
・児童相談所の改革(第三者チェックなど)

 これらはすべて全国初です。

 ただ実は、ほとんどが日本以外の他の国ではあたりまえのように実施されている施策です。

 私たちの社会には、グローバルスタンダードから見て明らかに凹んでいる部分がある。だから、今の時代に必要な施策を「遅すぎてごめんなさい」との気持ちで、必死で提供しているだけなのです。

 ですから、「明石市すごい!」と言われるたびに戸惑ってしまいます。正直、もどかしく、ふがいない気持ちです。こんなことが全国初になるなんて、日本がどうかしているだけなのです。決して明石市が斬新でも、特別進んでいるわけでもありません。

 伝えたいのは、日本だけが、いかにこれまで「何もしてこなかったか」という残念な事実、冷たい社会への憤りです。

「せめてベーシックな子育て施策くらいは、国が全国一律で実施すべきだ」。

 強く言い続けてきました。でも政治はなかなか動かない。おまけに行政には「お上意識」「横並び意識」「前例主義」が染みついています。どこもかしこも初めてのことには動こうとしません。

 それなら、明石市が自腹で、最初に成功例をつくる。わかりやすく普遍化して「はい、どうぞ」と提供する。明石が始めた施策は、他のまちでも、国でもできます。その可能性を信じているからこそ、「まず明石から」やっているのです。

 気づいた者が変えていくしかない。明石から社会を変える。冷たい社会を変えてみせる。子どものころからの強い思いを胸に、私は市民とともにまちを変えていきました。

市長が変わり者だからできた?

「5つの無料化」のうち、最初に実施したのは「子ども医療費」です。

 当時、福島県や岐阜県大垣市、兵庫県内でも小野市など、先行して取り組んでいる自治体がいくつかありました。それらを参考に、2013年、明石市ではまず中学3年生までを完全無料化。2021年には、対象を18才まで拡大しました。

 学校在学が条件となっているまちも多いですが、明石市はシンプルに「18才まで」としています。中卒の方や高校を中退して無職になっている方の場合、支援の必要性がより高いからです。行政目線で、対象者の把握のしやすさを優先するのではなく、必要な支援が必要なときに届く制度にして運用する。当然、目線は市民の側です。自己負担はゼロ。もちろん所得制限などありません。

「保育料」も明石市では2016年から所得制限なしで、第2子以降を完全無料化しています。兄弟の年齢関係なし、市外の施設でも無料です。

 国は2019年に幼児教育・保育の無償化を始めましたが、利用する施設や年齢で上限が設けられ、所得制限もあります。新たに3~5才の副食費(おかず代)も保護者負担になりました。子どもを親の所得で分けずに「すべての子ども」を対象にする明石市とは、そもそもの発想が違いますが、要件を変えればいいのです。国でも完全無料化は可能です。

 明石市は先行して、市の自腹で保育料を無償化していたので、国の無償化で実質4億円ほど補填されることになりました。その浮いたお金で翌年すぐに始めたのが、「中学校給食」の無料化です。もちろん所得制限はありません。近年のコロナ禍、食料品などの値上がりで、家計負担がキツくなる中、学校給食の無料化も次第に広がりつつあります。

 さまざまな機会を通じて国への働きかけをしてきましたが、今後も国や県が追いついてくれば、市独自の負担が減り、明石はもっと先に行けます。

 子育てサービスの無料化は、どこの自治体でもできることです。明石だけが特別だとか、市長が変わり者だからできるという話ではありません。どこの市長であれ、可能なのです。

 ただ、個々の自治体が単独で実施するのがいいのかは、おおいに疑問です。ベーシックな子育て支援は国がしてこそ、「すべての子ども」が救われると思っています。

最大のポイントは「所得制限なし」。
見るべきは、親でなく子ども自身

 無料化に関連して、「なぜ所得制限を設けないのか」とよく聞かれます。

「年収○万円以上だと児童手当がもらえない」。なぜ国はあんなにセコいのか。

 所得制限をかければ、予算の0の桁を1つくらい減らせるから、そして、少ない費用で「やってるフリ」ができるからです。

 そもそも、なぜ親の所得で分けようとするのか。見るべきは親の所得でなく子ども自身です。もし所得を見るなら親でなく、子ども自身の所得。根本の発想から変えていかなければなりません。

 明石市の5つの無料化は「所得制限なし」。対象は「すべての子ども」です。それにはいくつもの理由があります。

 まず、所得制限で対象外とされる方々は、すでに多額の税金や保険料を納めているからです。

 行政サービスには財源が必要です。そのための利用料を市民は税金として「前払い」「支払済み」です。だからこそ、国や行政が「一定以上の所得がある」だけでサービスの対象外とするのは、納得しにくいことでしょう。

 一定以上の所得がある方から預けていただいた税金を一部の低所得の方だけに配ることは、社会に深刻な分断を招きます。

「あんたは金もらったやろ」「私はもらってない」。

 個々の不満は、「もっと所得制限を厳しくしろ」。ついには「こんな施策やめてしまえ」という大きなうねりになりかねません。

「みんな」に必要な施策、それが子ども施策です。

 いわゆる「中間層」には、子育て支援など必要ないと言う人もいます。でも今の日本は、中間層とて楽ではない社会です。消費税も介護保険料も制度開始から上昇し続け、国民負担率は増加の一途。それに見合うほど給与は上がらず、社会的な負担も重くなるばかりです。

 ましてや子どもを産み育てることには、服に食事に病院にも学校にも費用がかかる。お金も不安も大きな負担です。しっかり税金を預けているにもかかわらず、何の恩恵もない。子どもを産みたくてもためらってしまう。そんな所得制限のあるまちに、誰が住み続けたいと思うでしょうか。中間層がいなくなれば、まちにも行政にもお金は回りません。支援制度の維持すら難しくなります。

「所得制限なし」は、
今の日本に必要な「経済施策」

 所得制限をかけず、苦しんでいる中間層にも光を当てる。そうすれば家を建てたり、子どもを習いごとに通わせることもできる。そうしてこそお金が回り、持続可能なまちづくりにつながります。

「所得制限なし」は、今の日本に必要な「経済施策」でもあるのです。

 一方で「これ以上稼いだら給付の対象外になる、ほどほどにしとこ」と、やる気すら削がれる「130万円の壁」が立ちはだかります。扶養控除の対象から外れないためにパートの給料を月10万円で抑えようとさせ、人ががんばれないように追い込むなんて、理不尽なことを強いる政治は愚かです。支え手を減らすような発想を転換しなければなりません。