正論というものの厄介さ
――本書では、「優柔不断な上司に『決断』を迫る」「弱者でも『抜擢』される戦略思考」「他者の『脳』を借りて考える」など超実践的な21ものディープ・スキルが提示されていますが、特に反響の大きい項目はどれですか?
僕の印象では、人によって共感する項目はかなりバラつきがあるように思います。でも、あえて言うと、本書では、「正論」というものの厄介さに随所で触れていますが、そこに共感される方が多いようです。
たとえば、項目3の「上司とは“はしご”を外す存在である」では、社長の指示ではじまった新規事業の担当課長が、その事業の担当役員に“はしご”を外されて、四面楚歌の状態に陥るエピソードが紹介されます。課長の視点で見ればまったくヒドい話で、その課長が「上司たるもの、部下のはしごを外すべきではない」という正論を吐きたくなる気持ちはよくわかります。
だけど、石川さんは、そういう「正論」は無力だと言います。それよりも、「上司が保身をはかるのは当然」「ときに上司ははしごを外す存在だ」という“身も蓋もない現実”“美しくない現実”を直視すべきなのだ、と。
――「正論は無力だ」……たしかに厳しいけど現実ですね。ドラマのセリフみたいです……。
不条理だけど、人間としてやむを得ない側面
見方を変えて、担当役員の視点で経緯を辿ると、「社長の性分」「役員間の出世競争」「業績悪化の責任の押し付け合い」などの人間心理や組織力学が見えてきます。担当役員がはしごを外す、というのは褒められたことではないけれど、人間としてやむを得ない側面もあることがわかります。
であれば、そうした現実を洞察したうえで、担当役員がはしごを外しにくい状況を作り出すように仕組んでおくべきだったという話になります。具体的な“打ち手”は本書で確認していただきたいのですが、全然だいそれたことではないんです。一見、その担当役員に花を持たせるようなことで、彼が逃げを打つのが難しくなるような手を打っておく。このように、人間心理や組織力学の「現実」を深く洞察することができれば、ちょっとしたさりげない工夫をするだけで「難」を避けることができるというわけです。
こんな感じで、本書では、「正論」にこだわるのではなく、“身も蓋もない現実”を深く洞察したうえで、適切な「打ち手」を講じることこそが、ディープ・スキルを磨く第一歩だと強調しているんですが、それに賛同・共感してくださる読者が多いですね。
“いい人”であることこそが「最強の戦略」
――では、本書をはじめて読む方に特におススメの項目は?
項目1の「“ずるさ”ではなく、“したたかさ”を磨け」という項目です。
これも、ディープ・スキルを磨くうえで、すごく大切なことだと思います。ディープ・スキルと聞くと、なんとなく「組織の中でずる賢く立ち回る」ようなイメージを持たれますが、それは逆効果。
――「“ダーク”・スキル」じゃダメなんですね(笑)。
そうです。だって「信用できない人」や「いやな人」とは誰も仕事したくないので、それではディープ・スキルを発揮できなくなってしまう。だから、“いい人”であることこそが「最強の戦略」だと、石川さんは強調されています。
ただし、単なる“いい人”というだけでは、相手や組織に都合よく使われるだけで、こちらが主体となって人や組織を動かすことなんてできません。だから、「いい人+したたか」であることが大事だというわけです。
――でも、「したたか」って行動に移すにはなかなか難しいです。
「あれオレ詐欺」への逆襲
「したたかさ」とはどういうことか。これは、本書を通じて追求したテーマですが、この項目では、ある会社の役員さんの実話が紹介されます。その方はとても穏やかで威圧感ゼロの人物ですが、若いころから新規事業をいくつも成功させてくるなど、すごくアグレッシブな仕事をされてきました。
その方が若い頃、あるプロジェクトを成功させたときに、いわゆる「あれオレ詐欺」にあったそうです。否定的だった人が「いいアイデアだと思っていた」と言い始めたり、ちょっと手伝ってくれた人が「あのプロジェクトの成功要因は……」と当事者のごとく語ったり。そのプロジェクトのために大汗をかいてきた本人からすれば、正直、腹の立つ局面です。しかし、その方はそういう感情は一切表に出さず、「『ありがとうございます』と言って、にっこり笑って済ませた」というのです。その結果、「あれオレ詐欺」をやった人たちは、その後、こぞってその方をサポートするようになり、だからこそ、その方は次々と新規事業を成功に導くことができたのだといいます。
――なぜ、「あれオレ」と言っていた人たちがサポートしてくれるようになったのでしょうか。
きっと「あれオレ詐欺」をやった人たちは心の中では後ろめたさを感じていたから、真のプロジェクトを担った本人からお礼を言われると弱かったはず、ほかにもチャレンジしたいプロジェクトもあったし、余計なことを言って気を悪くされるより味方につけた、とご本人はおっしゃっていました。腹立たしい感情を横に置いて、相手の「勝ち馬に乗りたい」「後ろめたい」という心理を逆手にとったのです。まさに「ディープ・スキル」。なるほど、これが「したたか」ということかと、僕自身たいへん勉強になりました。
本書では、こういう感じで、いろいろなシチュエーション、いろいろなテーマごとに、「ディープ・スキル」を紹介しています。通常の「ビジネス・スキル」だけではなく、「ディープ・スキル」というものの存在と重要性を意識するだけでも、仕事をするときの「モノの見方」が変わってくると思います。ご一読いただければ、きっと効果を実感していただけると思います。