半導体への関心が高まるなか、開発・製造の第一人者である菊地正典氏が技術者ならではの視点でまとめた『半導体産業のすべて』が発売された。同書は、複雑な産業構造と関連企業を半導体の製造工程にそって網羅的に解説した決定版とも言えるものだ。
今回は同書の冒頭より、社会的に大きな影響を与えている「半導体不足」について解説した部分を公開する。
半導体不足で納品が遅れる?
最近、テレビや新聞や雑誌などで、「半導体」という言葉を聞く場面が非常に多くなっています。その理由は、半導体が不足しているため、経済界や産業界のみならず、人々の日々の生活にも大きな影響が出ている――という意味で、広く関心を集めていると思われます。
たとえば、「クルマを買い替えたいけれど、ディーラーからは、半導体不足で納車は数ヵ月先でも確約できない」と言われたとか、「給湯器が壊れたので急を要するけれど、半導体不足で製品を入手できない」など、そんな会話を耳にすることも珍しくありません。
こんなところから、これまで半導体には関係のなかった人たちも身近な問題になってきたためか、「半導体、半導体って最近大騒ぎしているみたいだけど、そもそも半導体って何なの?」という素朴な疑問を呈する人も増えてきています。
長年、半導体産業に携わってきた筆者にとっては、世間の半導体に対する認知度が上がってきたことを嬉しく思う反面、半導体不足が一般の人々にまで迷惑をかけていることに申しわけない気もしています。
ところで、このような事態を招いた半導体の不足の本当の原因や理由はどこにあるのでしょうか? それを探っていくと、すでにさまざまな人が論じているように、決して単純なものではないことがわかります。というのは、その背景には、社会的、経済的、政治的な要因が複雑に絡みあった状況があるからです。これらの要因について少し見ていくことにしましょう。
社会的要因――5G、DXの波
まず、「2020年春頃から本格化した、コロナ禍の影響」が指摘されています。ただ、じつはそれ以前から半導体不足は生まれていました。というのは、第5世代移動通信システム(5G)への急速な移行や、一般市場におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)の進展などにより、その核となる半導体が不足するという状況がすでに生まれていたからです。
そんな中で、コロナによる在宅勤務やテレワークの普及・拡大、さらには一般の人々の在宅の長時間化による生活スタイルの変化などがパソコンやスマホ(スマートフォン)、ゲーム機などのエレクトロニクス機器の需要を押し上げ、「コロナ禍が原因」のように言われた経緯があります。
さらに、悪いときには悪いことが重なるものです。世界各地で起きた天災や半導体工場での事故が半導体不足に拍車をかけることになりました。
2021年2月中旬には、アメリカのテキサス州オースティンが猛烈な寒波に襲われ、電力供給が絶たれました。このため、韓国のサムスン電子(三星電子)、オランダのNXPセミコンダクターズ、ドイツのインフィニオン・テクノロジーの現地にある半導体工場が、数週間以上にわたって生産中止に追い込まれました。
日本でも、同2021年3月には茨城県ひたちなか市にある、ルネサス・セミコンダクタマニュファクチャリング(ルネサスエレクトロニクスの生産子会社)のN3棟(300mmウエハー・ライン)で火災が発生し、3ヵ月以上にわたり生産がストップしました。このラインでは主に車載用のマイコン(MCU:Micro Controller Unit)と呼ばれるものを生産していて、その火災事故により、自動車メーカーに供給面で多大な影響を与えました。
また台湾では、同2021年2月に深刻な水不足に見舞われました。これにより、世界の半導体供給基地化している台湾のTSMC、UMC、VISなど大手の製造工場は減産に追い込まれたのです。さらに追い撃ちをかけるように、同年4月から5月にかけて、発電所の事故による電力供給不足という事態も起きました。
経済的要因――需要と供給のアンバランス
半導体が不足するということは、「半導体に対する供給を需要のほうが上回っている」ことに他なりません。じつは、コロナ禍が本格化する前から、半導体の需給アンバランスは存在していました。
その理由として、スマホの5Gへのシフト、クラウドコンピューティングの普及、デジタル化の進展などの大きな潮流があります。
そんな中でコロナ禍が起こり、まず需要の拡大に拍車がかかったのが「パワーマネジメントIC」と呼ばれる半導体製品でした。これはノートパソコンや電子ゲーム機など、小型でバッテリー動作をするエレクトロニクス機器に給電するためのものです。
さらに「ドライバーIC」の不足が2020年春頃から見られるようになっていました。こちらはパソコン、液晶テレビ、有機ELディスプレイなどの画素を駆動するための半導体製品です。
いっぽう、半導体の供給体制の逼迫の理由として、コロナ禍による製造工場の操業短縮や操業停止、さらには物流の停滞により生産に必要な部材の入手困難など、半導体市場のサプライチェーンの混乱が挙げられます。これが半導体の供給体制に大きな影を落としました。
また2020年初め頃までは自動車への半導体需要が落ち込んでいたため、自動車向けの比較的「枯れた技術」(最先端ではない、少し前の技術を使用したもの)の生産ラインを、家電用半導体などの生産に振り向けていました。それが2020年秋以降、自動車市場が急速に回復したため、自動車のエンジン制御などで多数使用されるMCU(マイコン)などの半導体が不足することになったのです。このため、2021年1月には、自動車各社は減産や操業停止に追い込まれることになりました。
政治的要因――米中摩擦
くすぶり続ける米中貿易戦争の最中、2018年8月、中国の通信機器サプライヤーのファーウェイ(世界第2位のスマートフォンメーカー)のCTOがカナダで逮捕されるという、衝撃的事件が起こりました。
ファーウェイは5Gの通信技術で世界の先頭を走り、傘下には半導体ファブレス企業であるハイシリコン(HiSilicon)を擁し、半導体や人工知能(AI)やクラウドコンピューティングの開発を行なっている企業です。しかし、ファーウェイは中国政府との繋がりが強く、政府のスパイが利用できる「裏口機能」が同社の製品に埋め込まれている疑いが取り沙汰されました。
米国は2020年8月、同社に対する禁輸強化の一環として、半導体や部材の調達を完全に遮断する措置に出ました。ファーウェイは、ハイシリコンで設計した半導体の製造の多くを台湾のファウンドリー企業である「TSMC」に製造委託をしています。また同2020年12月には、中国のファウンドリー企業であるSMICやHSMCなどへの、半導体製造用の部材の禁輸制裁が米国から発動されました。さらに中国深川市の港の閉鎖で、半導体関連のサプライチェーンが一時遮断されるという事態も起きました。
(本記事は、『半導体産業のすべて』から一部を転載しています)