私は君があまり優秀だとは思わないよ

 ロンドン・タイムズ紙は、世界一とは言わないまでも、英国で最も権威のある新聞でした。オピニオンページは、真面目な書き手のためのページです。

 私はそれを担当することになったのですが、執筆経験はほとんど皆無に等しかったのです。まるで、庭でボールを蹴っていた小さな男の子のところに、誰かがやってきて、「おい、お前は月曜日からマンチェスター・ユナイテッドでプレーするんだ」と告げるようなものです。

 ジョン・マドックスは私を3ヵ月契約で雇いました。そして、3ヵ月が経つと、ジョン・マドックスは私をオフィスに呼び、「さて、私は君があまり優秀だとは思わないよ、ヘンリー」と言ったのです。「だが、もう1度チャンスをあげよう。だから、もう3ヵ月契約してあげよう」。さらに3ヵ月後、彼は私をオフィスに招き、「まだ君はあまり優秀とは思えないが、あと3ヵ月の契約を結ぼうと思う」と言いました。

 そしてその1ヵ月後、彼は「君は今、まだここにいる。だから、君を正社員にする」と通告したのです(笑)。それからは、週に6回ほどロンドン・タイムズ紙に、科学に関するあらゆることを書いていたんです。

 たとえば、高温超伝導体について書きましたが、それまで、私はこの分野のことは何も知らなかったのです。天文学のことも書いていたし、分子生物学のことも書いていた。何も知らなかったことについて何でも書いていた。

研究者よりも編集者に向いている

 実際、正社員になった初日に資料を渡されたのを覚えています。

「ヘンリー、イギリスの原子力発電所における放射線防護ガイドラインに関するニュース記事を書いてほしい」

 そう言われましたが、私はそれが何を意味するのかさえわかりません。すぐに調べなければならないと思ったのが、朝の9時半です。「この記事はいつまでに必要ですか?」と尋ねると、「昼休み、300字で頼む」と言われました。幸いにも、英国原子力庁の報道担当者の電話番号を教えてもらいましたが……。

 でも、私はジャーナリズムが自分に合っていると思いました。私には、研究者に必要な集中力がないことがわかったからです。一つのことに集中するのがとても苦手なんです。私はいつも他のことに興味がありました。私は、お調子者だったのです。

 それから働くうちに、ネイチャーで大切なことは、ジャーナリズムでもなく、新しいニュースを紹介するのでもないことに気づきました。編集者は、投稿された原著論文を見て、ネイチャー誌に掲載する論文を決定するのも仕事です。それがネイチャーの「根幹」なんだと実感しました。それこそがネイチャーを特別な存在にしているのです。

 だから、その仕事にぜひ参加したいと思ったんです。私はそのチームの仕事に応募したのですが、またしても、落ちてしまった。今は22人の大所帯ですが、当時、生物学のチームには6人くらいしかいなかったんです。

ネイチャーが実現したかったこと

 当時、私以外のチームメンバーたちは古生物学には全く興味がありませんでした。みんな免疫学に興味があったのです。古生物学なんて知らん顔。そこで私は「古生物学の仕事は私に任せてください」と言いました。

 古生物学に興味を持つ人がいることを、彼らはとても喜んでくれました。なにしろ、彼らは、もう古生物学になんぞ関わる必要がなくなったんですから。こんなふうにして、私は今、編集者として進化生物学と古生物学にすべての時間を費やしています。

 ネイチャーは現在、非常に多くのジャーナルがあり、あらゆる種類の研究の論文を吸い上げています。会社が大きくなって、いいこともあれば悪いこともあると思います。でも、これは私たちネイチャーがずっとやりたかったことだと思うんです。もっと拡大したい、もっといろいろなことをしたい、でもそのための資金がない。

 ある時点で、ネイチャーはドイツの大手企業ホルツブリンクに買収され、拡大するために必要な資本を提供してもらえるようになりました。そこで、『ネイチャー・ジェネティクス』や『ネイチャー・メディシン』といったジャーナルを別冊として発行するようになったのです。

 その後、数年前にシュプリンガー社に買収されました。現在では「Springer Nature」となっています。このようにして、あらゆる分野の新しい専門誌をたくさん創刊することができるのです。